ハクの見る空 16
バスタブに張ったお湯がざばざばと大きな波を立てては浴槽の壁にぶつかって飛沫を上げる。俺は溺れないように、しっかりとハーウェルの首にしがみついていた。
「あ……んん…お、おゆ……はいるぅ……うっあっ…」
体が浮き上がると中に入っているハーウェルが抜けそうになる。自然と力が入って、穴がきゅっとハーウェルを締め付けるのがわかった。それに締めていないとお湯が中にたくさん入ってきてしまう。すぼめた口をくびれの上の出っ張った部分で内側からノックするように刺激されると、力が緩んでまたお湯が入ってきた。中が暖かいもので満たされる。
「はぁっ…んん…あ……おゆ、が………」
「お前はさっきから湯にばかり気を取られているな」
「ああぁ」
一気に体を落とされて、俺の尻とハーウェルの腰が密着した。深く受け入れたまま奥を突かれる。
声は普段通りだったけど、行為は怒っているみたいだ。肩先に頬を乗せていた俺は、頭を起こしてハーウェルの横顔を窺った。口の端が上がっていて、俺を目にとめると長い舌を伸ばして俺の頬を舐めた。
「お前の体は、俺を喜ばせる。どうしてこんなにいいんだ?」
「しら…な……いぃ。あ…らって……でよぉ…よお」
風呂に入るのは二度目だった。
一度目は居間で散々エッチをしてべたべたになった体を洗って、その間中ずっとハーウェルの手は休みなく俺の体にイタズラを仕掛けてきた。風呂とハーウェルによって身も心もぐにゃぐにゃになった俺は、裸のまま抱っこされて二階の寝室に運ばれた。寝るはずないとは思っていたが、やっぱり綺麗になった体を舐めまわされて、尻を突かれてまたべたべたの体になってしまった。
そして二度目は寝室の横にある風呂に入ったのだが…。
中に入ったもん出してやるとか言って、また突っこまれてるし!!
それ入れたらどうせ中で出すんだから、結局綺麗にならないじゃないかああああぁぁ!!!
「…な、……もぉ……」
自分から寄っていって、ハーウェルの薄い唇を舐めた。俺の体はハーウェルの思い通りに揺すぶられている。膝の後ろをとおった腕が腰を掴んでいて、両足はバスタブの縁にかかっているので自分では身動きが取れない。
「我慢できないのか?」
何度も頭を縦に振った。
俺の限界はとっくに超えてる。それでもハーウェルに応えたくて……。
好きだから頑張ってるんだろ! このエロエロ大魔神め!!
「なあ……、俺の願いを叶えてくれないか?」
体の中の燻りを早くどうにかして欲しいのに、ハーウェルは動きを止めて俺の濡れた前髪をかき上げた。
「え?」
「俺の名を呼んでくれ。ハクのこの口で、何度も…」
親指が唇をくすぐってわずかに開いた間を割って入ってきた。俺の舌を優しく押す。
「お前、自分で言ったのに忘れていただろう」
くすっと笑われたけど、その通りだ。俺はすっかりハーウェルの動きに翻弄されて、自分が言ったことを忘れてしまっていた。
「うんと甘い声で呼ぶんだぞ」
「ハーウェうぅ…」
指を咥えたままだったのでなんだか間抜けに聞こえたが、目を細めてにっこり笑ってキスしてくれた。尻を掴んで上下に揺すりだす。腹側の腸壁をぐりぐり擦られると背中が仰け反った。さらけ出した胸をハーウェルの舌が這う。
「んぁ…あ……は、はーうぇるぅ……」
浴室に水の音と俺の嬌声が響いている。
耳を塞ぎたいけどハーウェルにしがみついていないとバスタブに沈んでしまいそうだし、手でも噛んでいたいけど俺の口には役目がある。愛しい名を呼ぶという重要な役目。
「はぁ…うぇう…ん……」
カリを通り越して本当にあと少しで抜ける、というところまで持ち上げられて、一気に最奥まで貫かれる。繰り返されると肩を掴まれてぐっと体を押さえつけられた。繋がりがもっと深くなる。体の中に何かが広がるのを感じた。
「…ぁん…ハーウェルぅ……」
密着した腰を更に揺すってくる。俺の前にも手をやって扱かれた。破裂寸前だった性器はすぐに解放されハーウェルの手を汚す。
「ハーウェルぅ……、ハーウェルぅ…」
射精しながら、俺はずっと愛しい人の名前を呼んでいた。
「もういいよぉ…」
めちゃくちゃ濃いエッチをしてようやく体を洗いだしたハーウェルは、ざっと自分の体を洗うと止めるのも聞かずに俺の体を洗い始めた。
そして今、俺は信じられない体勢で洗われている。
「こんなに狭いのに、ちゃんと俺を咥えて」
股座(またぐら)からハーウェルの声がしたかと思うと、尻を両側に引っ張られて真ん中からどろっとしたものが流れ出た。注ぎ込まれたハーウェルの液体が太ももを伝っていく。腰からぶるっと震えがきた。
「感じたのか?」
「ちがっ!」
急いで否定したがバレバレだ。「力を抜いていろよ」と言って内腿をちゅっと吸うと指がいっぺんに二本入ってきた。全部納めると中で指が曲がって、残っている精液を掻き出しはじめた。
バスタブの縁に突いた手を噛んで声を抑えた。綺麗にしてもらっているのに、変な声を出して反応してはいけない。
中のものを粗方掻き出すと、お湯を入れて綺麗に洗ってくれた。その間中、俺は座ったハーウェルの顔の前に尻を突き出してバスタブの縁にしがみついていた。恥ずかしくて死にそうだ。目は潤んでいるようだし、熱い顔も湯のせいだけではない。
中に入っていた湯が出ていき、やっとこの姿勢を解けると膝の力を抜いた瞬間、ぬめった熱いものが熟れた入り口を撫でた。
「もう大丈夫だな。さすがに、自分の出したものを味わうのは躊躇いがある」
何度もハーウェルの太いものを受け入れていたので、十分すぎるほど解れていた後ろの口は易々と舌を飲み込んだ。
「ひっ…は……やっ……は、はぁ…」
舌は遠慮なく内壁を進んでいく。唾液も注がれてハーウェルの唇と俺の尻から卑猥な音がする。舌がぐにゅぐにゅと抜き差しされた。
「…うっ、う…す…ん……ふっ」
「ん? また泣いているのか?」
「す…またって……う…」
ハーウェルの言葉を聞いて、押さえていたものが一気に弾けた。
大声で泣きながら、ずるずると下半身を湯に沈めた。バスタブの縁に顔を伏せていると、後ろから回された腕に引っ張り上げられ、ハーウェルの足の上に座った。
「すまん。俺はどうもお前の泣き顔が好きらしい。不謹慎かもしれないが、泣いているハクを見ると構わずにはいられない」
ハーウェルの口付けが肩に降ってきた。首や耳、頭や背中と届く範囲全てに降り注ぐ。
俺は基本的に泣かない。感動のノンフィクション映画を見ても、涙は滲むが流しはしない。男は人前で簡単に泣くものではないと思っているからだ。見た目と違って中身は日本男児ねぇ、とか昔から言われたもんだ。それなのに、ここ最近はハーウェルの前限定で泣いてばかりいた。ポリシーに反するし自分でも抑えたいのに、どうもハーウェルと一緒だと感情のブレーキが効かなくなる。
「う、ぐ……うっとう…しく……ない?」
「バカ……、可愛くて堪らん」
ゆったりと深呼吸を繰り返して呼吸を落ち着かせる。
「…すっ、おれ。……泣いてばっか…、はずかし……」
俺を抱きしめる腕に顔を埋めた。
「素直な証拠だろう。できることなら、俺の前だけにして欲しいがな」
「……ん、ハーウェルの前…だけ」
「本当か?」
腕にしがみついて、首をかくんと折った。
ハーウェルは俺を泣き虫だと思っているんだろう。エッチなことする度に泣いているんだから、そう思うのも当たり前だけど。
「それなら誰かにこの可愛い泣き顔を見られる心配はないな」
そう言ってはりついた髪を掻き分けて、うなじにキスをした。
「で、どうして泣いたんだ?」
「あ……うっ、だって。…おれ……もう」
膝を抱えて背中を丸め、ハーウェルの腕の中に亀みたいに首を引っ込めた。
「ん?」
「お………しり………」
「ん?」
「だ…って、……何回も……した…から」
自分の声が風呂場に響くのが嫌で、なるべく近くに寄った。
「も……許して? お、……お尻…駄目になる」
顔を見られないように体を捻って首に抱きついた。
恥ずかしくてしばらくこうしていたが、ハーウェルが何も言わないことに訝しく思った。少し感情が鎮まってきたのでそっと顔を離してみると、片手で顔を覆って反対側を向いていた。隠しきれない頬が、心なしか赤くなっている。
二度目の長風呂と執拗なエッチにぐだぐだになった体を、ハーウェルに軽々と抱えられて二階の寝室に運ばれた。今度こそ、やっとベッドで体を休められた。いつも寝ている時間なんてとっくに過ぎてて、たぶん日付も替わっているけど折角なので起きて話をしていた。上掛けの中でぴったり体をくっつけて。
一週間会えなかっただけでハーウェルに話す内容は事欠かない。
「一人じゃないのか?」
「二人部屋だよ。同室のやつは、ちょっと大人しいけどすげえいいやつ。踊りも上手いし、体ができてて十八には見えないんだよ」
隣からは「ふうん」と気のない返事。
肘枕で横向きに寝たハーウェルは、俺の腰にのせた手を時おり腰骨や尻に滑らせて触り心地や俺の反応を堪能しているみたいだ。動きはいやらしいけど、それ以上は触ってこない。風呂場で決死の覚悟で言ったのが功を奏しているようだ。
「自己管理も真面目でさぁ。毎日時間かけて風呂入ってるみたいだよ。お湯と水に浸かる間に、休憩室でマッサージして筋肉解してるんだってさ。体の疲れがとれていいらしいよ。俺は長風呂嫌いなんだけど、そういうのならいいかなあって。一緒に入ればお互いにマッサージしあえるしね」
突然上体を起こしたかと思うと掴みかからんばかりの勢いで、側臥していた俺の肩を突いて仰向けにした。
「お前、……そいつと風呂に入るつもりか?」
「え、…うん。今日も入ろうとしたんだけど何かごちゃごちゃ言って、風呂場から追い出されたんだよなぁ」
「宿舎の風呂は、共同か……」
独り言のように呟いたが、俺はきちんと返事を返す。
「うん、おっきい風呂って好きなんだけど、俺まだ新人だから知らない人ばっかりだし、裸で話したりするのはあんまりなぁと思って、熱い風呂しか入ったことないんだ。次こそは水のほうにも入って」
「入るな」
「ん?」
「絶対に入るなよ。いや、風呂にも入るな。他の男にこの肌を見せるなんて以ての外だ。マッサージなら俺がいくらでもしてやる」
俺の両肩を掴んで、切羽詰った顔で見下ろしてくる。
「何言ってんの? 風呂に入らないでどうすんだよ。毎日暑いし、俺たちは体動かすのが仕事だからすごい汗かくんだぞ」
呆れてため息混じりに、軽く睨みつけた。
また他人に見られたら減るとか、変な考えしてるんじゃないだろうなぁ。
「俺の…………」
言い淀んだハーウェルに、大人しく次の言葉を待った。
しばらく考え込んでいた様子だったが、何か思いついたことがあったようで険しかった表情が緩んだ。
「ハク、今日はお前に話さなければいけないことが二つあったんだ。俺は、もう一つお前に嘘をついている。お前が嬉しいことを言ってくれたから、すっかり後回しになってしまったが、こちらのほうが重要だ」
ベッドに座って手を差し出されたので、ハーウェルの手をかりて俺も起きた。向かい合わせに座って、抱え込むようにハーウェルの膝の間に体が収まった。
「名前のほかに?」
瞬きもせず、ゆっくり頷いた。
「俺は、…近衛ではない」
「エヌオットの王子だ」
「へ?」
王子?
「おう、じ………、おうじぃいいいいい???」
頭が働かなくて、ただ間抜けな声をあげていた。
「ハーウェルが? エヌオットの?」
「そうだ」
見開いた黄金色の瞳が力強く俺を射る。
「………へぇえ……王子、王子ねぇ」
俺はバカみたいに、何度も「王子」を繰り返していた。
「驚いたか」
「そりゃあね、…まあ……」
近くにあるハーウェルの顔をまじまじと見つめた。少し体を遠ざけて、夜着の胸元を肌蹴て乱れたベッドに座る姿を観察した。
「なんだ?」
「王子様ってもっと浮世離れしたお坊ちゃんなのかと思ってたけど…。そうでもないね」
不審気な顔をするハーウェルに、にこやかに笑ってみせた。
「ん? 信じられないか?」
「ううん、ハーウェルが俺に嘘つくわけないだろ? 王子様って存在が遠過ぎで…、なんか……現実味ないっていうか。………んん〜…」
王子様って言えば、白馬にのったかぼちゃパンツに白タイツしか思いつかない。…我ながら貧困な想像力。
でも、俺の世界にも王子様はいたはず。どこぞの国に元王妃の忘れ形見である王子が二人……、駄目だ。ニュースなんてあまり見なかったから、知識さえ貧困だ。
王子様なんて、普通会えるわけがない。それでも、目の前にいるこの人は王子様なわけで………。これが王子ねぇ。これが…………。
「ああ。俺どうでもいいんだ」
思い至った俺は、ぽんと手を叩いた。
「なんだ?」
「あ、ごめん…違うんだ。俺、ハーウェルが近衛でも王子でも、バンディでもハーウェルでも何でもいいんだよ」
自分の気持ちに整理がついたので、にこにこ顔でハーウェルに語りかける。腿に落ちていたハーウェルの両手をとって、自分で腰に巻きつけた。
「だってハーウェルだもん。あんたが何だって、ハーウェルはハーウェルだ。何も変わらない。王子様でも俺の大好きなハーウェルだよ」
王子なんか関係ない。身分とかどうでもいい。俺が好きになったのは今触れているこの男で、それは何者にも左右されない。
頬にそっと手を添えて、変わらない黄金色の瞳を覗き込んだ。満たされた顔をした自分が映る。
「ハーウェルは? ハーウェルは、……王子様のハーウェルは俺のこと好き?」
「当たり前だ。俺が俺である限り、ハクを愛している」
間を置かずに欲しい言葉をくれる。お座なりに繋いでいた手が、俺を痛いくらい抱きしめた。
「えへへ。よかった」
俺も力いっぱい首にしがみついた。
猫みたいに頬摺りしていると、
「一緒に暮らさないか?」
頬をくっつけたままぴたりと静止した。
「離れている間お前が心配だし、こんなになかなか会えないのは辛抱ならん。今回だけでこりごりだ」
「暮らすって……」
「俺の部屋の隣にお前の部屋を用意する。そうすれば毎日会える。人目を気にする必要もない」
「……嬉しい…けど、そんなことして…いいの? 芸人風情を王子様が囲うってことだろ?」
王子の王宮内での立場とか権限とか、全く把握していない俺でも安易にできることではないとわかる。
ハーウェルは手をとると、頭を下げて甲に触れるだけのキスをした。その姿勢で俺を見上げる。
「俺だって、ハクなら何でもいいんだ。ハクが芸人だからといって、俺と一緒に暮らせない理由にはならない。俺がエヌオットの王子でも同じこと。俺が欲しいのはハク、お前だけだ。……誰にも文句は言わせん」
ハーウェルを見ているだけで胸の内側から熱が湧き出て、頭も足も手の指先も、体全体を熱が満たしていく。息が詰まりそうで大きく喘いだ。視線を彷徨わせながら、言葉を探す。
「……でも俺。…舞手として楽芸館に入ったばっかりだし、踊るの好きだし………。今日みたいに待ち合わせれば、誰かに見られる心配もないんじゃ」
「駄目だ、ハク。俺は王子なんだ。自由になる時間は限られているし、街とは違って城内では人目を避けるのも容易ではない。だから何日も会いに来られなかったんだぞ」
「そっか……、でも俺………友だち…できたのに」
「俺は、ハクがいれば他には何もいらない」
直向きな愛情が、見つめる瞳、抱きしめる腕、触れ合わさった唇、ハーウェルの体全体から押し寄せてくる。
「う…、そんなの…おれだって………。くっそぉ…俺だって、何を失ってもハーウェルとずっと一緒にいたいよ」
負けた気がして何となく悔しかったから、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。むくれた顔を伏せて、ハーウェルの肩口に額を押し付けた。
「でも、………ちょっと寂しいとか…思うだろ」
「……少し待とう。会えなくなるわけではない。お前が行きたければ、いつでも楽芸館に会いにいける」
「本当に?」
首を縦に振りながら、のびてきた手が顎を掴んだ。
「一晩待って、明日の夜迎えに行く。いいな?」
「ん」
被さってくるハーウェルを受けとめた。
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