ハクの見る空 15


「バ、バンディ……まって。…せめて、家のなか…ん……」
 後ろからのびてきた手に顎をつかまれ、上を向かされて唇を重ねていた。

 夜空には清らかな光を放つ月がぽっかりと浮かんでいた。風がそよいで森や草原からさわさわと音楽が流れる。虫たちが奏でる異なった旋律はハーモニーのように重なり、一つの歌として、風の伴奏に応えている。
 いつもの金髪が今は白く光ってふわふわ揺れ、俺の頬をくすぐった。乱れた髪をかき上げてやる。
 柔らかくって、気持ちいい……。


 待ち合わせの場所で待っていると、馬に乗ったバンディが颯爽と現れた。月光を背中に手綱をとる姿があんまりにもアレで、俺は身動ぎもとれなかった。バンディは固まっている俺に構わず馬上に引っ張り上げると、いつかの晩みたいに森の屋敷に着くまで無言だった。馬留に繋いでいる間、その様子をぼんやり見ていたのだが、そろそろ中に入ろうかと玄関へ足を向けた途端バンディに捕まった。

「んっ……あ、バンディ。…俺、逃げないから…はぁっ……だから……入ろぉ?」
 バンディの服を引っ張って訴えた。ようやく唇は解放されたが、体にはしっかりと腕が絡んでいる。一息ついて「すまん」と謝ってきた。
「……どうもいかんな、気持ちが急いてしまって。ハクと出会ってからこんなに長く離れたのは初めてだ。会いたかった」
「俺も…バンディに会いたかった。バンディ……」
 体を反転させ正面から抱きしめ合った。

「お前に話さなければならないことがある」
 バンディに施されたキスですっかり身を委ねていた俺は、抱きかかえてもらって家に入った。居間のソファーに俺を座らせると、自分は座らず床に片膝をついた。真剣な目で俺を見ている。
「俺は、…嘘をついている」
「うそ?」
「そうだ。…実は、俺は……」
 バンディの瞳はその躊躇いを顕著に表して頼りなく床に落ちた。決心したのか、再び合わさった視線に迷いは感じられなかった。
「バンディという名は偽名だ」
「え?」
「本当の名前は、ハーウェル」
「……ハーウェル?」
 恐る恐る呼びかけると、頷き返した。相変わらず真剣な目で見つめてくるが、その奥には不安の影がちらついている。
 こいつに、こんな情けない顔は似合わない。揺るぎない自信と、自分を見失わない心を持ったこいつを見ていたい。

「ハーウェル」
「ん?」
「ハーウェル」
「…なんだ?」
「へへ。呼んでみただけ。……聞いたばっかりだから、まだ実感湧かないなあ」
 膝をついているから、目の高さは同じくらい。黄金色の瞳を見つめながら、頬に手をのばした。手のひら全体で頬を撫で、顎のラインをなぞる。瞳にそっと手を近づけると、まぶたを下ろした。親指でまぶたをそろっと撫でた。髪をかき上げて額に手をくっ付けた。ハーウェルはまだ目を瞑っている。両手で頬を包んで、一見硬そうな薄い唇を親指で辿った。触れるだけのキスを贈る。

「そっか…、あんたハーウェルっていうんだ」
 親指で軽く唇を拭ってやる。
「怒らないのか? お前を騙していたのに」
「ん〜、騙されたとか、どうでもいい。だって…ハーウェル、俺に嘘ついてどう思ってた? おかしかった? 楽しかった?」
 ハーウェルは痛みに耐えるような顔で口を開いた。何かを言う前に、俺が手で塞いだ。
「ごめん、知ってる。苦しかったんだろ? ハーウェルの顔見ればわかるよ。……きっと、俺がバンディって呼ぶたび痛かったんじゃないか?」
 ここ、と言ってハーウェルの胸の真ん中をトントンと指で叩いた。
「ハク」
 眉尻がちょっと下がっていて、なんだか不安げな頼りない顔。
「俺が怒ると思ってたのか?」
「責められても仕方がないと思っていた」
「バカ…、そんなわけあるか。あんた、全然俺のことわかってないなぁ」
 俺は口を尖らせてハーウェルを睨んだ。腕からたどって大きな両手を捕まえた。膝に引き寄せて握りしめる。

「名前は違っても、あんたであることに変わりないだろ。今俺の前で、片膝ついて不安そうな顔してこっち見てるのが、俺の好きなやつだ」
 照れ隠しにはにかむとハーウェルの表情が少し緩んだ。
「ハーウェル。いっぱい呼ぶからな。バンディって呼んだ回数、すぐ上回ってやるよ…ハーウェル」
「…もっと呼んでくれ」
「ハーウェル」
 呼んだ直後、俺の唇にハーウェルが食らいついてきた。背もたれに押し付けられソファーに沈んだ。

 胸をくすぐる金色の髪を撫でつけた。ハーウェルは俺の胸に顔をすりつけ、器用に尖らせた舌先で硬くなった乳首を転がしていた。視線を感じたのか、目を上げて俺の瞳を見つけると妖しい笑みを浮かべた。
「宴の夜お前を初めて抱いた時、お前が切なそうにバンディと呼ぶたび、悔しくて堪らなかった」
 もう片方の胸は指の腹で触れるか触れないかの、じれったい愛撫を受けていた。
「俺が抱いているのに、間に誰かいるようで……」
「ハーウェル…」
 含んでいた俺の乳首をじゅっと音を立てて強く吸った。反対側には爪が食い込む。
「はあっ!」

 今日のハーウェル……なんかカワイイ。
 俺が名前を呼ぶと、返事の代わりに愛撫をくれる。色んな場所にキスしたり、引っ掻いたり、抓ったり、噛んだり。
 たぶん、嬉しいんだ。初めてのエッチで悔しかったって言ってたから。でも気恥ずかしくて誤魔化してるんだ。強い刺激はちょっと痛いけど、気持ちいいのも確かで………。もっとって、言いたくなる。
 どうしよう……。俺、まだ二回目なのに、……………お、おおおおっぱいが気持ちいいとか、ありえねぇし。俺男なのにぃいいい!!

 両手でぴったり覆って顔を隠すと、胸の温もりが離れた。
「知っているか?」
 濡れそぼった左胸を撫でられ、ぴくんと体が小さく跳ねた。俺は何も言わずに話の続きを待った。
「お前……、こっちのほうが好きだろう」
 耳に熱い吐息がかかり思わず首をすくめた。それと同時に左の乳首を摘まんで引っ張られる。
「はぁっ! いた…いよ」
 そのまま親指と人差し指がぐりぐりとしこった部分を押し潰す。変な声を出さないよう、下唇を噛んで押しとどめた。空いたハーウェルの手が肌をすべり、腰骨を通って内腿に行き着いた。隙間のない腿の間に強引に手を差し込んで、ソファーの背もたれに掛けられた。
「なっ…や、やめ……」
 起き上がろうとすると、つままれた左の乳首にきゅうっと力が込められた。「いたっ」と小さな抗議の声を上げ、頭をソファーに沈めた。

「ハク、見てろよ」
 そう言って、唇にキスを落とすと乳首に吸い付いてきた。
「んぁ…、ふぅ……んん」
 先ほどまでの強い刺激と打って変わって、アイスを舐めているみたいに優しい舌の動き。熱をもっていて、そこがじんじんする。もっと強くしてもらいたくて、体が揺れてしまう。立ち上がった俺の中心も揺れるけど止められない。
「揺れてるぞ」
 笑いを含んだ声で指摘され、裏筋をすっと撫で上げると足がびくっと反応した。
「ホラ見ろ。まだ触っていないのに……濡れている」
 指に絡んだ粘度の高い液体が、親指と人差し指の間で糸を引くのを見せられた。
「胸だけでこんなになるんだな」
「…ん、やっ……。違う…」
 再び胸の飾りに手が留まった。親指と中指で摘まんで人差し指が尖端を引っ掻く。しこった部分が痛痒くて堪らない。触られていないのに、下半身が甘い痺れに包まれる。
「どっちがいい?」
「はあ……っえ…」
 指の腹で硬く小さな実をやわやわと弄びながら、ハーウェルはじっと俺を見つめていた。俺がどんな反応を示すか様子を見ているみたいだ。俺は顔を覆って視界を塞ぎたかった。でも見てろと言われたので、ソファーのへりをぎゅっと掴んで我慢した。ハーウェルが顔を寄せてきたけど、霞んでいて表情がよくわからない。
「どうした。目が潤んでるぞ」
 下まぶたを舐めて、溜まっていた涙を掬われる。口の中に入ってきた舌は少ししょっぱかった。胸元にはりついた両手が休みなく尖端をいじっている。奥深く侵入した舌が舌根から下顎にかけてをゆるゆる進む。歯列の裏側も舐められたが、俺の舌は奥で縮こまっていて動けない。口内に溜まった唾液が口から零れた。
「ハク?」
 大きな手が額にかかった髪を優しく払ってくれる。俺の顔を覗き込んでいるんだろうがよく見えない。また、涙で視界がぼやけているから。
 額にそっとキスをくれ「泣きたかったら泣け」と囁かれた。俺はほっとして、途端に滴がぽろっと目尻から流れた。



「なんだ? 今日はどうした?」
 ハクは一旦泣き出すと、涙が堰を切ったように流れ出る。その様子は幼い見た目と相まって強く庇護欲をそそられる。
 両手をそろそろと俺のほうに伸ばしてきた。その自信のなさそうな手を掴んで自分の首に回した。ハクを抱き起こして、膝の上に跨らせた。力なく胸に頭を預けてしがみついてくる。

 落ち着いてくると、ハクは泣いたわけを話し始めた。
「すっ…あの……う。…あの、ね……」
「ん? 何か嫌だったか?」
「ちがっ、う……。あの………」
「もしかして……、胸を攻められるのが嫌だったのか?」
「ん、う……ちょっと…違う。……や、じゃない……けど…」
「…気持ちよくなかったか?」
「……ちが………だ、から……あの……」
「気持ちよくて、恥ずかしかったか?」
 腕の中で微かに頷いた。

 胸の奥で湧き上がる壊したくなるほどの衝動を抑えて、少しだけ強く抱きしめた。
「ハク、お前は本当に愛らしい。どうしてそんなに可愛いんだ?」
 頭にキスして艶やかな黒髪に鼻先を埋めた。風呂上がりらしい清冷な香りを楽しんでいると、潜りこんでいたハクが小さく頭を振った。
「俺…かわいくない」
 くぐもった声でそう言うと、強く顔を押し付けてきた。
「お前以上に可愛らしい存在を俺は知らない。胸を触って快感を得た経験があまりないのだろう? 慣れていないから恥ずかしかったんだな。……ここで感じるのは恥ずかしいことではないぞ」
 体の隙間に手を入れて薄い胸をそっと揉んだ。
「んん」
 密着していた体を離し、腰を捻って耐える。俯いて顔は見えないが下唇を噛んでぎゅっと目を瞑っているのが想像できた。
「ハク、気持ちいいのは恥ずかしいことではないが、恥ずかしいのは気持ちいいことだぞ」
 言葉の意味が理解できないと、潤んだ目が訴えた。

「でも………好きな人に、恥ずかしいとこ見られたく…ない」
「では、やめるか?」
「っや…めない」
「ハクは本当に俺を愛しているんだろう?」
 困ったような、はにかむような表情で、ゆっくりとまぶたを伏せた。
「ハクの嫌がることはしない。お前を俺が与える快感で酔わせたいんだ。快感に耐えるお前もいいが、我を忘れて乱れるお前も艶やかで美しい」
 目をきょろきょろさせてから上目遣いで俺を見ると、顔を寄せてきた。
「……引かない?」
 耳打ちするような囁き声。俺の顔色をじっと窺っている。
「…興奮する」
 ハクに倣って小さな声で答えた。耳に触れそうなほど近付いて囁き、息が耳を掠めると甘い声で鳴いた。
「恥ずかしくても、怖くはないだろう? 俺は、ハクと二人で快感を味わいたいだけだ。愛しているなら、信用しろ」
 唇を合わせると薄く開いて舌を迎えてくれた。くっついた唇の間から「うん」と上擦った声が微かに聞こえた。舌を絡めて引き寄せると素直に差し出してくる。たどたどしい動きながらも俺の愛撫に答えようと必死だ。

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