ハクの見る空 10


 暗くなってきたので部屋に戻って、長椅子に座って話を聞いていた。
「ハクは、どこの領事館関係者なんだろう。お父上に連れられて来たんだよね。…まさか恋人と来た、とか……ないよね?」
 その通り、恋人と一緒に来たんだよとは、言いたくても言えない。首を傾げてわからないふりをした。頬に手がそえられ瞳を覗き込んでくる。
「この瞳の色、漆黒なんて今まで見たことがない。どこの国から来たのかな? どこに行けば君に会えるんだろう」
 悲しそうなグレーの瞳が泣き出しそうな空の色に似ていた。俺は居た堪れなくなった。
 ジュゼルと知り合ってまだ一時間も経っていない。俺がしゃべらないからジュゼルからの一方通行だけど、いろんな話をしてくれた。

 今日は宴の接待役として呼ばれていて、普段はピサリの街で暮らしているそうだ。仕事で頻繁に城を出入りしているらしい。見た目通り王族のお坊ちゃまで、一応国王の親戚にあたるんだと何故か嫌そうに話してくれた。なぜ嫌がるのか不思議に思っていると「国王様は素晴らしい方だよ。でも、問題はその王子なんだ。昔から遊び人で悪い噂が絶えない人だけど、ここ数年は大人しかったんだ。それなのに即位を前に昔の病気が再発したみたいで。…側室に迎える異国の美人を探してるんだよ」と、心底嫌いだと言うように苦い顔をするので思わず笑ってしまった。言葉がわからないって知ってるのに、それでも歩み寄ろうとするジュゼルの気持ちが暖かかった。

 こいつとはいい友達になれそうだ。俺が城で暮らすようになれば、たまに会って話せるかも。
『ジュゼル。俺さ、もうすぐ城にあがるんだよ。そしたら会ってくれるか? 全然知らないところに来るから、誰か知り合いに会えると思うとすっげぇ心強い』
 日本語が通じるはずもないジュゼルは「どうしたの?」と訊ねてくる。俺は必死に「ジュゼル、ハク」とお互いを指さして、床を示した。ジュゼルは顎に手をやって、しきりに頭を捻っている。
 ここで会おうって伝えたいんだけど、なかなか上手くいかない。

「そうだ! ハクのお父上なら領事館に勤めていらっしゃるのだし言葉はわかるよね。お父上に話して、またハクと会えるようにお願いしてみよう」
 勢いよく立ち上がると、俺に向かってすっと手を差し出した。こういう心遣いに恥ずかしくなってしまう。ジュゼルがやると堂に入っていて、本当の王子様に見えるんだ。
 ここに居ないといけないのにと思いながらも、出された手を放っておけず手をのせた。

 俺のお父上は、ここにはいらっしゃらないぞお。


 広間に戻ると、ジュゼルはすぐさまオジサン連中に捕まってしまった。待ってくれと言われて、大きな出入り口付近の壁にもたれていた。
 部屋を出る時、すっかり忘れていたヴェールを手渡された。ジュゼルには女装姿を至近距離から見られて気づかれなかったようだけど、みんな騙せるとは限らない。口元もしっかりヴェールで覆い、俯いてジュゼルが来るのを待った。

「お帰りになったのかと心配しておりました。怖い顔をしたお連れの方はいらっしゃらないんですね」
 えらい近くで人の声がするなと思って顔をあげると、俺に向かって微笑んでいる男がいた。
「お連れの方がおられたので、声を掛けられませんでした。宜しければ、私とお話しませんか?」
 両手に持っていた二つのグラスのうちの一つを差し出されたので、仕方なく受け取った。
「あなたの目を見て気になっていたのです。こんなに美しい目をされた方なら、そのヴェールに隠された顔はどんなに美しいだろうと…」
 男はにこにこしながら話を続けていたが、俺は見えないように下を向いて顔をしかめた。
 初対面の女性に、遠まわしではあるが顔を見せてくれと臆面もなく言うとは失礼なやつだ。俺は女じゃないけどね。

 頭の上を男の声が通り過ぎて行く。いい加減この場を離れようと、顔を上げた俺の手からグラスが離れた。体を布で覆った男が、グラスを一息で空ける。喉ぼとけがごくりと大きく上下した。
 呆気に取られていた男に「失礼」と空のグラスを預け、俺は背中を押されて会場を出てた。




「どうして部屋を出たんだ」
 扉を閉めて開口一番がそれだ。

 俺たちは宴を中座し、バンディの屋敷へ馬を走らせた。辺りは暗闇に包まれ視界が悪い中、走らせるのは危ないんじゃないかと思った。海外生活で乗馬経験はあったが、暗闇を駆けた経験は一度もない。ゆっくりにしてくれと言いたかったが、話しかけられる雰囲気じゃなかった。バンディは「失礼」と男に言ったのを最後に、終始無言を貫いた。俺の手を引き、馬に乗せるときも目さえ合わさない。その態度にムカっときていたが、口を開けると舌を噛みそうなので俺もしゃべらなかった。

 向かい合わせのソファーに座って、間に置かれたローテーブルを見つめていた。顔を上げると無表情のバンディと顔を合わせてしまうからだ。目が据わっていて、俺を落ち着かない気分にさせる。
「部屋で待つように言ったはずだろう。長い時間待たせたのは悪かったが、広間に一人で居るのは危険だ。俺が見つけた時だって、男に話しかけられて困っていただろう?」
 確かにあの男はウザかった。もし逃げ出そうとした俺を引き止めでもしていたら、絶対キレて暴言を吐いていただろう。そしたら男だってバレてた。
「ごめん」
 俺は素直に頭を下げた。
「あんまり退屈でさ、飲み物でも取りに行こうかと思って……。ホントにごめん」

 あの部屋で会ったジュゼルの話はしないでおく。あいつは悪いやつじゃない。今話してもバンディはジュゼルまで頭ごなしに否定しそうだ。言葉の通じない俺の相手をして、理解し合いたいと本気で思ってくれた。否定されたら俺は絶対庇うから、余計に話が拗れる。
 城で生活し始めたら、どうにかしてジュゼルに会おう。俺が男で言葉も話せると知ったら驚くだろう。嘘をついた俺に腹を立てるかもしれない。そしたら誠心誠意謝ろう。

 はあ、とバンディが大きなため息を漏らした。体の力を抜き、表情も和らいでいる。俺を手招きして隣に座らせた。肩を抱いてこめかみにキスをする。
「わかっているのか? 俺はお前の身を心配しているんだぞ」
 耳元で囁いたバンディの声は、びっくりするくらい甘く掠れていた。こんな不意打ちは反則だ。バンディの熱い吐息が触れたせいか、俺の耳も熱くなった。直前までの、娘の夜遊びを叱る父親みたいな雰囲気が、恋人同士の甘い空気へと一気に変わった。
「バ、バンディ」
 答える声も何かを求めているみたい。
「二階へ行こう」
 こくりと頷いた。


 顎のラインから耳へと舌が滑る。耳の後ろの窪んだ部分を吸われ、鼻にかかった声があがる。掴んでいた夜具を放し、人差し指の根元辺りを噛んだ。
「こら、噛むな」
「だぁっ、て…ん」
 手を取られて唇を塞いでくる。我が物顔で口内を蹂躙する舌が、なぜか心地いい。もっと欲しくて口をさらに開けて迎え入れた。溜まった二人分の唾液を飲み込むとそれだけで体が熱くなる。まるで媚薬でも入ってるみたいだ。
 何も身に着けていない俺の肌をくすぐるように撫でていた手のひらが、胸の突起に吸い寄せられた。
「ん…あ……はっ」
 接した唇の間から声が溢れた。尖端をくりくりと指先で転がされると、もどかしい快感がせり上がってくる。内股を擦り合わせたいが、バンディが邪魔をしているのでかなわない。何かを噛んで耐えたいが、唇に塞がれている。行き場のない思いに、夜具を強く握りしめて凌いだ。

 すでに立ち上がっていた俺の分身を、指先ですっとひと撫で。もっと強い刺激が欲しくて腰がひとりでに揺らいでしまう。それを見咎めたのかくすっと笑われた。
 唇が離れ見つめられる。俺は見ていられなくて、できる限り首を捻った。
 大きな手が俺を包み込み動きだす。すぐに先の割れ目から液体が漏れた。親指で掬い取られ全体に擦り付けた。
 ぷくりと溢れる、全体に塗す。繰り返すと性器はどろどろに濡れ、バンディの手が動くたびくちゅくちゅと音をたてた。
 目も耳も口も塞ぎたかった。二つしかない手ではどうにもならない。
「や……、…い…やぁ……っだ」
 自分の口から出ているはずなのに、他人の声みたいだ。手のひらで顔を隠した。
「ん? 何が嫌なんだ?」
 バンディは面白がっているようだ。顔は見えないが、声が笑っている。
 話そうと思って息を吸うと、出し抜けに生暖かいぬるぬるが乳首を包んだ。
「ひっ…あ、……ふ…んん」
 音を立てて強く吸い付かれる。もっていかれそうで、逃げ出したくて足がシーツをかいた。体を引き下ろされ、先走りで濡れそぼった手が奥へと潜る。入り口に先走りを馴染ませ、ゆっくり指が入ってきた。俺の様子を見ながら内壁をあらためていく。
「お前の全てをたっぷり時間をかけて愛してやる」
 指の隙間から、黄金色の炎に欲望をたぎらせた瞳が俺を見上げていた。喘いでいた口の中が飲み込む唾もないくらい、ひどく渇いた。

 カッコいいぃ………けど、乳首噛みながら言うんじゃねぇよ!!

「あっ! はっぁ…だ、だめ……あっ…ん」
 入り口に引っかけるように指を曲げられると知らない感覚が込み上げる。なんだか頼りなくて、何かに縋らないと自分を見失いそうで、胸を愛撫するバンディの頭を抱きしめた。強張った腕をなだめるように撫でられる。
 指が一本足され壁を色んな角度で擦りながら中を広げていく。出し入れしながら徐々に指が深く抉りだす。
 胸と孔と性器にだけ意識が集中する。他の感覚なんてわからない。俺は頭を左右に振って、意味のない言葉を漏らすだけ。

 胸にあった温もりが突然消えた。目を開けると、上体を起こしたバンディが俺の両足を持ちぐっと折り曲げられる。膝がシーツに着いて苦しい。
 俺がもがくより早く、再び指が挿入された。一旦息を詰めたが、落ち着くとすぐ体勢を変えようと手足をバタつかせた。
「やっやだ! んん…、こんな…はっ恥ずかし……」
 膝裏を持って固定される。
「俺がお前にする行為をよく見ておけ。顔を隠したり目を瞑ったりしたら、あとで酷いぞ。俺も、…感じているお前の顔が見たいんだ」
 ありえない体勢をとらされて、とんでもない場所を見られて、恥ずかしくさで死ねるくらいだ。そんなお願い聞きたくないけど、聞かないわけにはいかない。与えられるばっかりの俺に、何かできることがあるならどんな要求も叶えたい。
 そう思ったのもつかの間、バンディの頭がおりていって竿をぺろっと舐めた。
 やっぱ無理いいいいい!!!
「だめだめだめ! そんなのいい……。しなくていいから」
 股間にあるバンディの頭を押し退けようと手を伸ばしたが逃げられた。逃げたバンディの視線の先に気がついて、止めようとしたが遅かった。
「ひぃっ…は、だ…だめぇ……ぜったい…も、むりぃ…」
 舌が指と一緒に中へ入ってきた。散々指で弄られたそこへ躊躇いもなく潜り込む。
 手で覆い隠したかったが、指が邪魔をしていてできない。俺は必死に肩を浮かせてバンディの手首を掴んで指を引き抜こうとした。

「ハク…、俺にされるのは嫌か?」
「……や、じゃない」
「俺に抱かれるのは嫌か?」
「…ううん」
「俺が、好きか?」
「うん」
「俺もお前が好きだ。早く自分のものにしたくて我慢できない。………続けていいな?」
 蕩けそうに優しい声。催眠術でもかけられたように、大人しく頷いていた。誘導尋問だと思いながらも、頭が深くまで考えられない。
 バンディを掴んでいたはずの手は、なぜか自分の右膝を抱え込んでいた。指が窄まりをこじ開け、できた隙間から舌が唾液を注ぎ込む。出入りする度に漏れる水音が次第に大きくなった。

 ちゅっくち、くちゅっくちゅっ。
 指が三本に増え、穿つ深さに遠慮がなくなってきた。怖くて、足を押さえるバンディの腕にしがみつく。慈しむような笑みを浮かべ、俺を口に咥えた。体が跳ねて、しがみついている指先に力が入る。
「ん、なっ……あ、あ、あっはぁ……」
 言いようのない圧迫感、それを上回る快感。
 前後からするとてつもなく恥ずかしい音を聞きながら、俺は知らずに腰を揺すっていた。溜まったものを出したくて、もっと強い刺激を求める。三本の指を咥えた孔がきゅうっと締まった。上下するバンディの頭に手を差し入れると、頭からくびれまでを吸いながら扱かれた。睾丸が縮まり、吐き出す時が近いと知らせる。
 もう少し、と思った瞬間に指が出ていき口からも放り出された。大きな喪失感に襲われる。ひたっと熱いものがくっついた感覚がして股間を見ると、いきり立ったペニスと興奮に上気したバンディの顔があった。
「いくぞ、ハク」
 入り口から睾丸にかけて擦り付けていた熱い自身は、狙いを定めると俺の中に押し入ってきた。
 勝手に硬くなる体を、そこら中に降り注ぐキスが解す。上半身に意識が移った隙に全てが埋め込まれた。バンディの腰と俺の太ももがぴったりとくっ付いている。それを俺は、信じられない気持ちで見た。

 うっ…そ、……はいって…る?

 思っていたほどの痛みはない。存在感は指のそれとは比べ物にならないが、経験したことのない変な感じがするだけだ。
「辛いか?」
 俺の髪を梳きながら、優しい表情で覗き込んできた。ちょっとした振動も刺激になりそうで動けない。
「へぇ、き」
 短い呼吸の合間になんとか声を絞りだした。

「んっはぁ、はっ…あっ……」
 俺がバンディに慣れるまで関係ない話をしたり、くすぐり合ったりしていたが、徐に出し入れを始めた。バンディが途中で塗りつけた滑りのある油のようなものが摩擦を減らしてくれて痛くない。指でしたように、内壁を角度を変えて擦る。浅い出し入れが不意をついて深くなる。突然くる衝撃に少し痛みが走るけど、奥まで届いて気持ちいいし、浅い挿入も引っかかりの部分が入り口を刺激して気持ちいい。
 もっと…痛いもんじゃ、ないの? へっ変だよ、おれ……。
 バンディがおりてきて、開きっぱなしの口を舌で舐めた。舌が絡むと渇いていた口内に唾液が溢れる。注がれる唾液と一緒に飲み干すと、また頭がぼうっと霞んだ。

「しっかり見てろよ」
 ひとりでにコクコク頷いた。
 バンディの肩の向こうに、揺れる自分の足先が見えた。自分のじゃないみたいだ。でも、確かにこのリズムを刻まれているのは俺で、そのリズムを作り出しているのは目の前にいるこいつで。
 知らないうちに尖端から垂れたものでぐしょぐしょになった自身を、軽く握られ扱かれる。中がいっぱいになると手は根元へ、引き抜かれると尖端へと、前と後ろを同じ速さで愛撫する。
「バ、バンディ……ばっ」
 自分の状態をわかってほしくて呼んだ口に、噛み付くようなキスを受ける。乱暴に口内を蹂躙され呼吸さえままならない。溺れそうだ。
「わかってる。何も言わずに喘いでろ」
 言いわたすと、穿つスピードが速まった。角度をつけて中を抉られる。腹側の壁を引っ掛かりが掻いた時、体の奥にぐっと痺れのようなものが集まった。割れ目からぷくぷくと液体が零れ出る。
 なにコレ…、わかんない。……やばい。
 俺が反応した場所に的をしぼって、正確に突き始めた。
「うっ…はっあ、……わ…かんな…。だ……だめ」
 カリがそこを通る度引っ掻かれて、それがイイ。バンディの手の滑りもさらによくなって凄い。
 わけがわかんない。
 とにかく我慢していないと、自分の全てが崩壊してしまいそうな危うさ。咄嗟に、一度噛んだ人差し指の付け根をまた噛んだ。舌を動かしながらそこを吸う。
 すぐにバンディが気づいて、顎をすくわれ舌が入り込む。上顎を舌先でくすぐられ、もどかしい快感に甘い息を吐いた。
「俺にしておけ。……我慢するな」
 両手をバンディの首へともっていかれた。首の後ろで手を組んでバンディにぶら下がった。
「ふっ…だっ…てぇ、……つ…つよい…ぃ」
「俺がそうしてるんだ。我慢することはない」

 いいの? 我慢しなくて。……わかんなくなっても、いいの?

 虚ろな意識の中、黄金色の瞳を捜した。
「好きなように感じろ」
 艶やかに微笑まれて答えをもらった。

 ぎりぎりの限界で保っていた自分を放り出すと、涙が次々溢れた。快感の波がより鮮明になる。
「ん…ふ…うはっ……、うっぁあ…ひっ…ん、え…っく…」
 感情のままに泣くのが気持ちいい。
 抜けそうなくらい腰が引かれて足りないと思ったら、ぐちゅっと大きなストロークで奥まで突かれた。バンディの手の動きに促されて、我慢していたものが一気に放たれた。裏筋を擦られて、全部残らず絞り出される。

 ぼやけた視界の中で、俺の意識もはっきりしなかった。

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