ハクの見る空 7


「ハク、いるか?」
 劇団員たちが寝起きしているテントにもハクの姿はなかった。いつも食事をとっている食堂屋は一番に確認した。
 テントにいた者にたずねると、一旦テントに戻りしばらくして一人で出ていったと教えてもらった。
 ハクに連れられて入った道具入れのようなテントにもいなかった。バンディは広場を歩きながら、三日前の夜を思い出していた。

 悲しみに耐えるハクの姿は、無邪気で快活な少年の印象を大きくかえた。この少年の小さな胸を苦しめる原因を取り除いてやりたい、儚げな存在を自分で守ってやりたい。そう思ったと同時に、華奢な体を包んでいた。柄にもなく甘い睦言が口を衝いて出た。そればかりか「一生傍にいる」とまで言ってしまった。ハクを安心させるために紡いだ言葉だったが、紛れもない本心だった。

 ハクを思うと、未だかつて経験したことのない胸の高鳴りとむず痒い痛みを感じる。
 早く、あの体をもう一度抱きしめてこの思いを噛み締めたい。彼の全てを自分のものにしたい。
 逸る気持ちにともなって足の運びも速くなっていたが、ふと立ち止まった。
 駄目だ。ハクはしっかりしているようでまだ子供だ。国王になる俺が罪を犯すわけにはいかない。三、四年待てばいい。ハクは清らかでもっと美しい大人に成長するだろう。
 自分をいい聞かせ、足を踏みだそうとしたバンディの耳に誰かを諭す声が届いた。



「気持ちは嬉しいよ。でも、何度も言うようだけど俺はヘスを友だちだと思ってる」
 友だち、と聞いてヘスの顔が曇った。
 また出たよ、この顔。効果音をつけるなら、間違いなく「きゅ〜ん」だ。もちろん犬の鳴き声で。

「…でも好きなんだ。ただ、……凄く好きなんだ」
 俺が劇団を辞めて王宮の芸人になるのを、ヘスが知って三日たった。それから毎日この調子。仲直りしてから仕事以外はいつも一緒に過ごしていたが、三日前からヘスとの会話は拷問に近かった。いや、好意を持ってくれてる相手に対して拷問だなんて酷すぎるか。ほとんどヘスからの一方通行なので、会話とも呼べないが。
「ハクと別れるのが……、辛い。ハクが自分で選んだから、俺だって応援しようと思ってる。…でもせめて、ここにいる間だけは俺の自由にさせてくれないか?」
 入り口で立ち止まっていたヘスが厩の奥にいる俺のもとへと近づいてきた。相変わらずの困った顔で、俺を見下ろした。 だーかーらー、叱られた大型犬の扱いは苦手なんだよ!
「前みたいなことはしない。抱きしめるだけでいいんだ。…お願い」
 二本の腕が伸びてくる。近づく体、微かにする汗の香り。体格の差から覆いかぶさってくるようだ。
 手足が震えてくる。
 あの時のことは、真摯に謝ってくれたし俺も許してる。話し合ってからのヘスは以前とは正反対の態度だ。もう気にしてないつもりだったのに、頭では解決していても心の奥底にはしっかりと傷がついていたんだ。
 ヘスを突き飛ばして逃げたい、でもそんなことをすればヘスはきっと傷つく。約束は守ってくれる、俺の嫌がる行為は絶対しない。
 バレないようにぎゅっと手を握り締め、固く目を瞑った。

「子供がこんなところで何をしているんだ?」
 声を辿ると、開け放たれた戸口を大きな影が塞いでいた。
「どこにもいないから、歩きまわったぞ」
 バンディが傍らに来ると、気圧されたのかヘスが後退った。入れ代わってバンディが目の前にきて腰を屈めた。
「大丈夫か?」
 顔を傾けて聞いてくる。黙って、首を下にうごかした。バンディに手を握られて、まだ自分の手が震えているのがわかった。導かれるまま厩を出た。名前を呼ばれた気がして振り返ったが、厩の奥にいるヘスの顔は暗くてよく見えなかった。


「ハク何があった」
 俺たちが入ったのはこの間のテントだった。
 厩を出てから一言も喋らなかったのに、テントに入った途端有無を言わせず説明を促された。あまり言いたくなかったがバンディの怒った顔が怖くて、不承不承さっきの出来事を話した。恥ずかしいので、以前に厩でされたことは内緒だ。

 顔を顰めて足元を見続けていたバンディが気になって、そっと覗くと視線に気づいて優しい笑顔になった。
「俺が通りかかってよかった。怖かっただろう?」
 腕をとって抱きすくめられた。後頭部を押さえられ、バンディの胸に額がくっ付いたがそのまま凭れかかった。バンディのお蔭で久しぶりに経験した、他人に自分の身を預けられる心地良さ。一度味わうと舌が覚えていて、どうしても食べずにはいられない甘味のようだ。
 知らないうちに、逞しい胸に顔を擦りつけていた俺はくぐもった声を出した。
「ヘスとは仲直りしたからさ。俺、許すって、信じるって言ったからあいつを裏切る真似はできなかったんだ。そんなことしたら、あいつきっと傷ついた顔する。……ヘスのしょんぼりした顔、弱いんだ。あれだけ体はでかくてもやっぱ年下だなぁって、見ると思っちゃうから」
 背中でとんとんリズムを刻んでいた手のひらが動きを止めた。不思議に思いバンディを見ると、呆然と見下ろす視線に重なった。

「……年下、なのか?」

「そうだよ、もう少しで十三だって」
「…ハクは?」
「おれ? 俺は十四。あと半年もすれば十五歳だよ」

「じゅう…ご? ハク……成人、していたのか」
「え? あ、…うん。……俺がいたところではさ、このくらいの身長普通なんだぜ。ただ、エヌオット人がえらく大きいから…。……子供に、見えるだろう?」

 不意に張りのある笑い声が頭上から降ってきた。
 大人びた優しい笑みしか知らなかった俺は、快活に笑う姿にびっくりしてバンディの様子を見ていた。
「……おい、いい加減よせよ。いくら俺でも限度があるんだぞ」
「ハク違うんだ。俺はバカにしてるわけではない、嬉しくて笑ったんだ。こんな嬉しい誤算は一生に一度しかない!」
 叫ぶなりまた俺をぎゅっと抱きしめた。締めつける力が強くて、息苦しいくらいだ。
「ちょっ、ちょっと……やめろ…よ。苦しぃ…」
 絡んだ腕を叩いて訴えると、しばらくして力が緩んだ。バンディの胸に埋もれていた顔をあげると影が差した。
 熱い呼気が肌を撫でる。反射的にまぶたを閉じた。暖かみを唇で感じた。そっと触れると離れもせず、上唇から下唇の順に啄ばまれる。形を確かめるように舐められ、ほうと息をつく。わずかに目を開けると黄金色に輝く瞳が見つめていた。体の力が抜けて、口内にバンディが滑り込んできた。奥に隠れている舌を探しあてられざらりと舐められた。伺うように舌先でくすぐってくる。
 なにコレ……? きもちいぃ。
「ふっ、ん………ぅん」
 身をよじると鼻にかかった息がもれた。

 ……今の…、なに?
 どっから出た? …お、おれ?
 ていうか、この状況なによ? ……ナニだ…。
 キスしてるうううぅ!!!

 二人の胸の間に挟まれていた手でバンディを押しやった。止まらない舌の動きに、思わず縋りつきたくなる。
 本能に忠実な体に、心がついていけない。
 だめだ、だめだ、だめだ!
 負けるな俺! 負けるな理性!
 角度を変えるために離れたわずかな隙間に素早く手のひらを差し込み、バンディの口元を覆って止めた。
「んはっ…はぁ……。だめ」
 上擦った自分の声を耳にして、頬が熱くなった。
 なんつう声出してんだよ、おれ。説得力なさ過ぎ!
「っふわぁ」
 突然声をあげた。手のひらを何かが這ったような感触。見ると、バンディの赤い舌が艶かしくうごめいた。唇が「嫌か?」と動いたので、間を置かず「嫌じゃない」と言い放った。

「全然、嫌じゃない。逆に嬉しいよ。…でも、どうして? 何でバンディはこんなことするの?」
「忘れたのか? 同じ場所で俺の気持ちを伝えたはずだろう」
 ただじっとバンディを見つめていると、眩しそうに目を細めた。
「何度でも言おう。……どんな時にも俺は必ずハクの傍にいる。一生離れない。だから、お前もどこへも行くな。俺の傍にずっといろ」
 瞬きもせず語りかける。
「そして…、俺を好きになれ」
 好きになっても…、いいんだ。
 男で…しかもガキで、大人のバンディには全く釣り合わないけど。それでもいいんだ……、好きになって。
「お前のことを考えるだけで胸が疼くんだ。じりじりと嬲られるような、もどかしくも甘い痛みが、お前に触れたくて居ても立っても居られなくさせる。こんな気持ちは今まで知らなかった。きっと…ハクに出会わなければ、一度も経験できなかっただろう」
 黄金の煌めきが俺の心を射る。小さな瞳に広がった、大きくて深い不思議な泉。囚われた俺は瞬きもできなかった。

「好きだ」

 唇を軽く額に押しあてられた。
「ありがとうハク。お前のお蔭で人をいとおしむ心を知った。……愛してる」
 俺の唇に刻み込むみたいに、触れそうで触れないじれったい距離で告白すると、唇がおりてきた。
 舌を吸われて引っ張りだされ、ゆるゆると甘噛みされた。体の奥で燃え始めた小さな炎が少しずつ勢いを増していく。
 呼吸するのも忘れるくらい、次から次へと押し寄せる恥ずかしい台詞。普段の俺なら、鼻血流して倒れてもおかしくない。でも、初めて体験した濃厚な大人のキスで、俺の脳味噌は臨界点を突破寸前。
「ん……、お…れ、いってな……あ」
 今までにないくらい穏やかな表情が間近にあった。唇が顎のラインから首筋へと移動していく。
「おれ、……俺も好き…っん」
 きつく吸い付かれて声が漏れた。
「今日気づいたばっかだけど…。ここで慰めてくれた時、……一緒にいてくれるって言われて、なんでか…すごく安心した」
「で、わかったんだ。バンディの言葉だから安心したんだ。傍にいてくれるのがあんただから、………好きな人だから」
 首筋を味わうのをやめ、幸せそうに微笑んでキスをくれた。
 ああ…、すごい好き。こんなに好きなのって、ない。こいつの顔見てるだけで、すごく満たされる。
 慈しむような優しい愛撫に身をゆだねた。バンディが触れたところから気持ちが伝わってくるみたいで、心も体も気持ちいい。
 バンディの動きにすっかり酔っていた俺は、テントの天井を見て我に返った。

「ちょっ…。ごめん」
 いつの間にか木箱の上に押し倒されていた。見下ろしてくるバンディに、慌てて腕を突っ張って諫めた。
「怖いか?」
「っ違う。……えっ…と。ヘスを思い出しちゃって」
 ヘスの名前を聞いた途端に不機嫌な顔をした。
「そうじゃなくて。……今と似たような状況に、…遭ったから」
 うう…、目が据わってる。怖いぞ、バンディ。

 俺は諦めてヘスに襲われた時のことを話した。詳しい説明を求められて、どこをどうされたのか言わされた。
 なにコレ…どういう反省会? こんな体勢でなに言わせてんだよぉ。
 木箱に仰向けに寝て、両手をついたバンディが上からかぶさっている。
 バンディは、眉を動かしたり、息をのんだり、小さく「なっ」とか反応しながら俺の話を聞いていた。

 話し終えると「そうか」とだけ呟いて、俺の夜着の裾を胸まで捲り上げた。指先が足首から太ももをゆっくりと滑り、むず痒さが上ってくる。この世界の夜着は足首までくる長いワンピースみたいな服で、下にはズボンも着けないから下半身を守るものは下穿きだけだ。
 際どいところを進み臍の縁を通って、行き着いた先は……。

「んっふぁ…、はっ……」
 乳首の周りをやわやわと撫ぜたかと思うと、いきなり尖端を抓まれて背中が浮いた。小さな膨らみを挟まれ指の腹を擦り合わせるようにコリコリと刺激され、じっとしていられなくて肩を揺すった。
 体の神経がそこに集中して、いつもより敏感になっている気がする。
「なんて美しいんだ」
 胸元に顔を寄せてくるバンディがちらっと見えた。その先は想像できる。見ていられないし、見られたくなくて、両手で顔を覆った。
「あ、はっ…あ……んん」
 生暖かいものが乳首を包んだ。硬い膨らみが何度も押し潰された。鋭い歯が尖端を食んで、引っ張られて、痛いのに気持ちいい。噛まれたところに血が集まっている。真っ赤に充血しているのが見ないでもわかった。感覚が鋭くなったそこは、熱い吐息でさえ刺激になって、俺は落ち着きなく体をもじもじさせていた。

 感じやすくなったせいか、長い間含まれていたせいか、バンディに解放された胸に外気が冷たかった。
「……先に味わわれたとは……くっ」
 左の乳首を指先で転がしながらバンディが呟いた。
 はっきり聞こえなかったので、指の間から様子を窺おうとしたところへ新たな刺激が加わった。主張しだした俺のものを下穿きの上から撫でられる。俺がしっかり反応しているのを確認したのか、ひと撫でした手は素早く下穿きを脱がせた。
「あ……はっ、…ん……」
 優しく握られ、ゆっくりと上下に動かされた。閉じようとする股の間にバンディが陣取る。
 緩やかな動きで、けれども確実に俺を高みへと追い上げる。
 指が尖端の割れ目に沿う、ぬるりっと溢れた汁が手伝って動きがなめらかになった。人差し指で亀頭を弄られながら、親指と中指がつくった輪で扱かれる。

「……見せたのか?」
 朦朧とした頭では言葉の意味が理解できなかった。黄金色の瞳を探す。目が合ったバンディは言った。
「あいつの前でも、ここから涙を流して喜んだのか?」

「っいっあ…」
 出し抜けに先の窪みに爪をたてられ声を上げた。
 痛みと快感がぐちゃぐちゃに交じり合い、何が何だかわからない。
 内腿が小さく震えている。
 また身を倒してきて、すっかり冷えてしまった乳首に吸い付いた。じゅるじゅると飴をしゃぶるような音が響いた。
 頭の中まで犯されそうだ。二つの波が俺に向かって押し寄せてくる。
 俺自身を愛撫する手のもう片方が、股間の奥に滑り込んできた。驚きを隠せず、派手に膝が揺れる。硬く閉じた部分には触れずに、その周囲を撫でられた。ときどき目的の場所に触れてくるが、中に入ろうとはしない。
 繰り返されるうち、いっその事押し入って欲しいと思ってしまうのは、俺もかなり危うくなっている証拠。

 ついに入ってきた指を、俺は難なく迎え入れた。指を曲げて、閉じた口を内側から刺激される。強張っていたそこが次第にほぐれてきたのが自分でもわかる。馴染んでくると、内壁を確かめるように擦られた。
「何本入れられた?」
 根元まで納まった指をぎりぎりまで引き抜きながら、バンディが訊ねた。
 ゆっくりとした出し入れに合わせて、前の手も動く。窄まったところを引っ張られてできた隙間に二本目が侵入してくる。回転をつけながら穿つ指がある部分を掠って声が出た。
「あっん…ん………」
 甘ったるい声に気を良くしたのか、集中してそこを責められて声が抑えられない。
「だ、め……。あっ…は……ふぅ…」

「この声も聞かせたのか?」
 前と後ろを刺激されると同時に、乳首は未だにバンディの舌と唇に弄ばれていた。強い快感に髪を振り乱して浅い息を吐く。腰の奥から襲ってきた快感に耐え切れずに口を開いた。
「も、無理…はあ。…ふっ……んっ…だめぇ」
 訴えながらバンディの手の中に欲望を迸らせた。あがった息と体を落ち着かせる。
「………、あどけない顔をしているのに……体は確かに大人だな」
 じっくり見られるのが嫌で体を捩った。
「まだ、だろう?」
 そう言ったバンディに膝裏をすくわれ、片足を木箱にのせるというあられもない体勢をとらされた。晒された秘所に近づく気配。
「やっ! だめ、見るなっ……」
 隠そうとのばした手を簡単に取られた。まだ俺の中に入っていた指が、わずかに角度を変えた。それだけなのに、射精直後の体は敏感な反応を示す。
「ハク、お前は俺のものだ。…そうだろう?」
 聞かれて「うん」と返事をした。
「なら、俺以外の誰にも触らせるな。この肌を誰にも見せるな」
 指を咥えた部分を内側からぐりぐりと擦られる。
「見てもいいのは俺だけだ」

 ありえないところで他人が呼吸するのを感じる。立てていた右膝をぐっと胸のほうに折り曲げられた。揃えられていた二本の指が離れ、内壁が空気に触れた。
「……初めてだな?」
 両腕を顔に巻きつけた俺は、必死で頭を縦に振った。
「他の男を迎えた経験はないな?」
 同じ返事を繰り返す。体の内側にまでバンディの呼気が入ってくるようだ。
「ここは俺の場所だ。お前はここで俺を包み込み、俺だけに快楽を与えるんだ。………誓え。…ハク、お前は俺だけのものだと誓うんだ。自分の言葉で」
 無理やりこじ開けられたところに、ぬめる舌の感触が。

「うぅ……そんなの、当たり前だろ? 好きになったんだもん。俺…あんたのもんだよ。好きじゃなきゃ、…こんなことさせるわけないじゃん。もっ…、わかれよぉ……ひっ…うっう」
 突如泣き出した俺に、バンディは呼びかけたが返事なんてできるわけない。我慢していたものが一気に噴き出して、涙がぼろぼろこぼれた。声も抑えられなくて子供みたいに嗚咽が漏れた。バンディは何も言わずに夜着を整えてくれた。バンディが床に胡坐を掻き、突っ立っていた俺を上に座らせた。背中からそっと抱きしめられ、胸にまわった逞しい腕に頬をくっつけた。俺は顔中びしょびしょで、腕が濡れて気持ち悪いだろうに静かに頭のてっぺんにキスをしてくれた。頭やうなじ、首筋や肩に唇が押し付けられる。俺はただ泣くだけで、バンディのなすがままになっていた。

 ひとしきり泣いてしゃくりあげるのが治まってきた。
「うぅ、っはあ……バンディ、………いじわる…だ。……おれ、ちゃんと………すきって。すごく好きなのに、っふ……へんなことばっか……。…ふぅ、くっ…バンディの、ばかぁ……ひっ…」
 涙は止みそうになかったが、ぐすぐすと鼻を啜りながら訴えた。バンディは返事をすることもなく、わかりづらい俺の言葉を聞いていた。

 恨み言も出し切ってしまい、テントには俺の鼻を啜る音が時折響いた。
「ハク、すまない。俺が悪かった」
 ようやく開いたバンディの口から出たのは謝罪の言葉だった。俺の肩先に埋めた顔を、首を捻って窺う。「許せなかった」と言った、ささめく声が耳に届いた。
「俺より先にお前の肌を見て、触れて、味わったやつがいるなんて……。知らされた瞬間に嫉妬で頭に血が上ってしまった」
 抱きしめる腕にぎゅっと力が込められた。腕から肩、首筋を辿って、緩やかにウェーブしたバンディの髪に指を差し入れた。見た目通り柔らかな髪の感触を楽しみながら、優しく梳いてやった。
「初めてなのに怖い思いをさせてしまったな」
 苦笑するバンディの顔を見ると、こっちまでやるせない気持ちになってくる。
「ちょっと怖かったけど、……バンディだから…平気」
 反省してうな垂れているバンディに微笑みかけた。慰める立場がいつの間にか逆転している。俺の態度に安堵したのか、労わるようなキスが頬をかすめた。上半身を捻って顔を合わせると、今度はちゃんとしたキスを唇に受けた。
「次はベッドの上で最後までしような」

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