ハクの見る空 2


 呼びにやった侍従が目的の男たちを連れて扉を開けた。
「バンディ、レース編みの続きをしていて構わないぞ」
 一礼して部屋を出て行った。
 二人の男たちを傍らに呼ぶ。
「ラウル、ギルビス」
「何の用だ。俺たちはお前と違って忙しいんだぞ」
 横に立つラウルはそんな態度をとるギルビスとハーウェルを交互に見て口元を拳で隠した。
「ラウル、何がおかしい」
「…いや、このやり取り一週間のうち何回繰り返していると思う? 今週はこれで五回目です。その上、週を追うごとに回数が増えているよ」
 そこまで言うと、再び口元を隠して肩を震わせた。

 ラウルの様子に興奮していたハーウェルも落ち着きを取り戻し、深く息を吐いた。
「じゃあ、俺が何を言うのかわかってるんだろ?」
「もちろんです、ハーウェル王子」
 穏やかな笑みを浮かべ恭しく頭を下げたラウルに視線で続きを促す。

「巫(かんなぎ)はまだ見つからんのか! でしょう?」

 その通りだ、というのも癪に障るので、ハーウェルは何もいわずに嘆息をもらした。
「俺たちは当然探しているし、二ヶ月をきった建国祭とお前の即位に向けて準備に勤しんでいる。で、お前…今日はどこで油を売ってたんだ?」
「俺はちょっと民の暮らしぶりを視察に行っていただけだ」
「よく言うぜ! おい、こらハーウェル。お前は次期王なんだぞ。即位まで二ヶ月ないんだぞ。それなのに、即位するために絶対必要な巫様を未だ見つけられないでいる。今この時だって血眼になって探し回らなきゃいけないんだ! それをお前は何もしないどころか視察とかぬかして街におりて女のケツ追いかけやがって……、君主として恥ずかしくないのか?!」
「女のケツなど追いかけてない! 今日は本当に街を見に行っていたんだ。もしかしたら街中で巫に出会うかもしれないだろう!」
「ハーウェルの言う通り、巫様がどちらに降臨されるかは明記されていないからね。街歩きも巫様を探す一つの手段でしょう。だが、君は巫様を表す特徴を覚えているのかな?」
「え? あ、いや…それは。だが、俺にはわかるはずなんだろう?」
「そのはずだけど、巫について何も覚えないで、どうやって探すのかな?」
 ハーウェルは何も言わずに、机の上で組んだ手に視線をおとしていた。小さな息を吐いてラウルは続けた。

「君が巫様を信じていないのは十分わかっている。でも、君は選ばれた王なんだ。巫さえ見つけ出せば、生涯揺らぐことのない絶対のエヌオット国王になれる。私はそれが見たいんだよ。巫様を手に入れ国王となり、お二人の手で大成され繁栄していく我らの祖国を」

 熱い語りかけにも、ハーウェルは顔をあげなかった。視線を机上に彷徨わせたまま、呟くように言葉をもらした。
「信じていないわけではない。…幼い頃から何度も繰り返し言い聞かされてきたんだ。―――エヌオットを創ったという神が生まれた聖誕の日に生まれた王子は、二十七度目の誕生の日までに神の化身である巫を見つけだし、契りによって絆をつくり聖誕の日に王となる。巫は王との深い結びつきによって、あらゆる災いから民を救い、導き、国を生まれ変わらせる」

 物心がつく前から王になるのだと言いわたされていた。

 巫という伴侶が現れ、二人で国を治めていくと知ったのは元服の祝いを受けた十三歳の時。父である国王から直接、側近や侍女たちをさがらせた密室で教えられた。

 巫を自分で探し出さないといけないことを知ったのは昨年の誕生日。元服の日と同じく国王と二人きりの部屋だった。

「わかっている。わかってるんだ。しかし、俺は生まれながらにして王になると定められたにもかかわらず、自らの力で国を治めるのは無理だと言いわたされたのだ。……いや、俺にはお前たち二人がいる。お前たちがいれば、エヌオットを今まで以上に繁栄させられる自信がある。巫の力など必要ない」
 ギルビスとラウルは顔を見合わせた。
「…俺たちだってそうさ。ハーウェルと同じ気持ちだ。でも、…国王や兄王子は納得しないぞ。ヨルハン様はまだお若い。隠居なさるには早すぎるのを、太古からの言い伝えによって王と定められたお前のために譲るんだ。第一王位継承者はお前の兄、トゥルーフ王子だ。お前がもし巫を見つけないで即位に臨むなら、お二人が了承されない。王と兄王子に認められずに次期王になれると思うか? お前が王になりたいのなら、とにかく巫を見つけ出す。それ以外他ない」
「私も巫様については本当にいらっしゃるのか、本当に神の使いでこのエヌオットを大成に導いてくださるのか、……半信半疑だよ。でもギルビスの言う通り、私たちは何が何でも見つけ出さないといけない。巫は王が探し当てるものと王家の伝書にも記されている。君の力で巫を見いだし、自分の力で王の座を手に入れるんだ。私たちはそのためなら何でもするつもりだよ」
 ラウルの言葉にギルビスを静かに頷いた。

「……俺が見つけるの、か?」

 巫について記された王家の伝書は代々の王にしか伝えられていない。その存在はエヌオット王家の秘密。王以外の何者にも存在自体隠されてきたが、巫を見つけなければならないハーウェルのために、王は特別にハーウェルの側近であるラウルとギルビスにだけは巫について記された内容を教えたのだ。

「そうだよ。忘れたの? まあそんなことだろうと思って巫について記された部分をもう一度確認しにきたんだ。王家の伝書は現王であるヨルハン様と次期王であるハーウェルしか手にすることはできない。トゥルーフ王子でさえ実際に見ることは許されていない。以前ヨルハン様が詳しく読み聞かせてくださった巫について記された箇所、私の頭の中にはばっちり入っている。どこに保管されているのか明かされていないが、ハーウェルならヨルハン様に頼めば伝書を拝読できる。……けど、ちゃんと調べられるか信用ならないからね」
 くっくっくっと、ギルビスが肩で笑った。諫めるような咳払いが一つ。

「その者、エヌオットのものに非ず。見目麗しく、小さき器に豊かな御心を抱きて我らが地に降り立つべし。欲を失い、色を失い、伝えもせず、ただその御心に民を国を王を思う」

「……以上が巫について書かれた文章だ」
 真剣に聞き入っていた二人の顔を眺めた。
「まず『エヌオットのものに非ず』は、エヌオット人ではない。つまり他国のもの、外国人だ。『小さき器に豊かな御心を抱く』は、体は小さいけれど心は寛大だということだと思う。最後の部分は簡単だけど『欲を失い、色を失い、伝えもせず』の部分は抽象的ではっきりしない。『欲』と『色』が何かを表しているんだと思うけど『伝えもせず』は、欲と色を失ったのにそのことを周りに伝えないという意味なのか、最後の部分の民と国と国を思っているのにそれを伝えないという意味なのか…。この箇所ははっきりしない、謎だね。まだまだ考える余地はありそうだ」
「とりあえずは、他国出身の体は小さいけど心はでっかいやつを探せばいいんだな」
「ああ、それからエヌオットの民と国と王を心から思っている人物だ」
「エヌオット人なら誰もが思っている」
「だからぁ『エヌオットのものに非ず』なんだよ。他国民にもかかわらずエヌオットを思いやる慈悲深い方なんだ」
「他国のものにエヌオットの舵を任せるのか?」
「お前もいんだから一緒に考えていけばいいんだよ。…それより、お前よかったな」
 ギルビスの真面目くさった顔が急に笑顔になった。その変わりようを訝しく思いながらも、ハーウェルは続きを待った。
「巫と王は契りによって絆をつくるんだろ? 契りっつうのは結婚だ。王の口ぶりからも、見つかれば巫とお前の婚姻は確実だ。太古からの伝書が正しいとすれば、巫についての表記も正しいことになる。ということは、お前の后になる巫様は大層見目麗しいっつうこった」
 聞いていた二人は呆気にとられて、ギルビスを見ていた。沈黙を破ったのはハーウェルで、大きな声をあげて笑いだした。
「ははは…。そうか、俺の后になる巫は見目麗しいのか。それは楽しみだな。探し出すのも力が入りそうだ」
「入りそうじゃなくて、実際に入れてもらわないと困るよ。期限が迫ってるんだ。現時点でわかっている『他国出身者』で『体は小さいが心は大きい』そして『見目麗しい』人物を連れて来るんだ。他の記述についての解釈は巫様の候補が集まってからにしよう」

 見た目が美しいかどうかは、評価する個人の美的センスによって大きく左右される。伝書を書いた大昔の人物と、現代に生きるハーウェルが同じ美意識を持っているとは言い難い。しかし、ラウルは自分の考えを口にしなかった。
 折角のやる気を削ぐわけにはいかないので。

「わかってる。お前たちのお蔭で少しはやる気が出た。明日も街の視察にでるぞ」
「明日は芸人たちの審査選考会を君に見てもらいたいんですが」
「楽芸部の管轄だろう?」

 通常、芸人たちの採用を決めるのは王宮内にある楽芸部の管轄だ。楽芸部は王宮内で演奏する楽人や舞手を総括しており、国の中枢を担う大臣や長官もましてや王や王子などが口出しすることは絶対にない。それは楽芸部が一目置かれているわけでもなく、誰も重要視していないからだ。

「選ばれたものではなく、集まった芸人を見て欲しいんだ。旅回りの芸人たちが来るのだから必然他国出身者も多く集まるはずだよ。自分から出歩くのもいいが、折角集まるんだ。利用する手はないでしょう?」
「なるほどな。ならば、王子が直々に見にいくのは不味いだろう。バレないように変装して会場に紛れ込もう」
「…話はかわるが……。バンディは本当にレース編みをするのか?」


 ハーウェルの部屋を出た二人は人目につかないところまでやってくると、囁き声で話し始めた。
「ラウル、お前はもう候補を見つけてるんじゃないのか?」
 ラウルは片眉を器用に持ち上げて不敵に微笑んだ。
「見つけるのはハーウェルにしかできない。私たちにできるのはハーウェルの負担を少しでも減らすこと。……しかし、これといった有力候補がいないのも事実です。解読できていない条件があるのに、今わかっている条件でも半分は酷く曖昧だからね」
 顎に手をかけて考え込むような表情を見せた。
 
 しばらく押し黙っていた二人だが、ギルビスが消え入りそうな小さな声で話し出した。
「……なあ、俺。ずっと疑問に感じてたことがあるんだ」
 普段のギルビスからは想像できないほど弱々しい声だった。
「なに?」
「……間違えることはないのか? 解読された条件に合う人物は何人かいるだろう。ハーウェルがもし間違えても、それをはっきり否定できる根拠を俺たちは持たないだろう。万が一、誤った人物を選んだ場合………エヌオットはどうなる?」
 縋るような目を見せたギルビスに緩やかに微笑んだ。
「だから私たちがいるんじゃないか。もし、見当違いの人物をハーウェルが隣に置いた場合は二人で王を支えるまでだ。いや、それが例え本物であったとしても同じこと。私たちは王を支え、国を支えるだけです」
 ギルビスだけでなく、自分自身にも言い聞かせるような口調だった。
「まだ時間はある。次の手も考えてあります。……とにかく、私たちの仕事は建国祭と即位に向けての準備と、王の隣に座る人物を探すこと。最後まで足掻いてやろう」
 同意の意を頷きで表した。

「本物か偽者かは、二の次です」

 見つめ合った二人の顔に浮かんだのは、悪魔のような笑みだった。

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