ハクの見る空 1


 馬の世話を一通り終え、太陽が真上からだいぶん西に傾いた頃に、俺はやっと一息入れて貰ってきたパンにかじりついた。

 日差しから隠れるためにくっ付いたテントからは、怒鳴り声や台詞の稽古をする声が休みなく聞こえてくる。今日の午後から開演するらしく、みんな練習に余念がない。先週も同じ演目で公演していたが今回からは場所が違う。以前いた街は馬車も馬もあまり見ないあきらかに田舎だったが、この街は煌びやかな装飾が施された馬車が通り、腰に剣を差し重そうなマントを羽織ったいかにも騎士といった風体の人が馬を闊歩させていた。
 そして、テントを張った広場から見えるこの街で一番背の高い建物。細長い建物が三つ並び中央が更に高くなっている。先には棒のような角のようなものがすうっと立っていて、俺の予想ではお城もしくは教会のようなものだろう。建物の全体は近くにある家々が邪魔をして見ることができない。もっと近づけば何をするところなのかわかるかもしれない。

 昼ご飯を食べ終えると、俺はテントに中に入って大きな板を首にひっかけた。ハンドベルのようなものを手に取ると、舞台に向かってひと際大きな声を出している男に近づいていった。
「なんだハク、もう客寄せに行くのか?」
「うん」
「気をつけていけよ。ここは首都ピサリだから治安はいいはずだがな」
 座長であるウルヌスの大きな手が俺の髪の毛をぐちゃぐちゃとかき回す。
 俺がこの世界に来て、一番に覚えた感謝の言葉を返してテントを出た。

「おい! またお前は散歩か?! さぼるんじゃねぇよ!」

 テントを出てすぐ声をかけてきたのは、見なくてもわかるテスだ。
 彼は周りの男たちより少し小柄だ。見たところ十七、八歳くらいでまだ成長途中なんだろうが、俺よりは遥かにガタイがいい。扱いも下っ端で舞台に係わることさえしていない。俺が入ってくるまではこいつが一番下だったに違いない。俺が入ってきて自分のランクが一つアップしただろうに、こいつは何かと俺に突っ掛かってくる面倒くさいやつだ。

 盛大に溜息を吐きたいところをぐっと堪えて振り返った。
「客寄せに行くんだ」
「どうだか。…お前みたいなどこの馬の骨ともわからないようなやつが、なんで俺たちと飯食って寝てんだよ! 黒い目と髪に白い肌したやつ見たことないぞ。どっから来たんだ! 何しに来たんだ!」
 テスは早口で怒鳴ったが、いつも難癖をつける内容は一緒だ。俺はうんざりしていたが、言い返す気力もないので困った顔をして何も言わずに先を急いだ。

 背中に悪口を投げつけられたが、あんな大声を出せば他のものが気づく。そしてまた「ハクを苛めるんじゃない」と叱られるのがオチだ。


 初めて目覚めた時、母国語である日本語と英語とフランス語が喋れる俺でも、周りの人たちの言葉は聴き覚えがなかった。その上、暮らしていた二十一世紀とも違う時代のようだった。二十一世紀では馬が移動手段だなんて考えられないし、いくら珍しくても車が一台も通らないはずがない。
 どうやってこの場所にきたのかは全くわからないが、夢じゃないことは確かだ。ぼうっとしていてもお腹がすくし、転べば膝を擦りむくし血が出て痛い。このわけのわからない所へ来て数日は呆然と過ごしていたが、ご飯を食べなくては! と思い立ち、偶然見かけたテントで芝居をやっている旅芸人一座に転がり込んだのだ。

 寝床と食べ物を貰うかわりに、馬の世話や客寄せ芸人たちの身の回りの世話をした。言葉も何もわからないので置いてくれないかと不安だったけど、座長は俺を見てかわいそうに思ったらしい。

 このエヌオットという国、もしくはこの世界では俺の体格はかなり貧相らしいのだ。もうすぐ十五になる俺は、周りからすれば十歳前後の子供に見えるようだ。かなり心中複雑だったが、伝える言葉を持たなかったのと子供だから多めに見てくれるだろうという気持ちもあって否定しなかった。

 わけのわからない世界で目覚めて三ヶ月とちょっと。金は稼いでないが満足できる程度の飯と寝床が確保できた。三ヶ国語が喋れる俺にとってエヌオット語はさほど難しくはなかった。今では完璧にマスターしてしまった。読み書きを習得すれば、この世界で暮らしていくのにも困らないだろう。
 俺はまだ十四歳だし、中学生だし、義務教育だし、働いたことなんて一度もなかったけど、自分自身のハングリー精神というのか、意外に根性あるんだなんて見直した。


 街中にある広場を出ると、俺は大きな通りを背の高い建物目指して歩きだした。

 今は夏みたいに暑いが日本のジメジメした感じとは違って、吹きぬける風も乾燥していて心地良い。日陰に入って風をうけると剥きだしの腕が少し寒いくらいだ。

 ここの服装は一枚の大きな布を体に巻きつける。肩で止めてワンショルダーにしたりねじって首で括ったり、色や柄がはいったものもあって会う人それぞれの装いを楽しんでいるようだ。下にはすっごく大きなズボンを履いている。大相撲の外国人力士でも余りそうな布地だ。それを腰で縛って履くとたっぷりのひだができ、空気をよく通すので涼しい。
 この世界で気がついた時、俺は自分の部屋で寝ていたTシャツにハーフパンツ姿だったから周りの人に白い目で見られた。今着ている服は拾ってくれた座長が用意してくれたものだ。

 俺は手にしたベルを鳴らしながら同じ台詞を繰り返していた。
「5時にポンマルト広場へお越しください!」
 行き交う人びとに見えるよう、胸に掛けた看板を向ける。
 もう一時間くらいは歩いたはずだ。でも、目的の建物にはまだまだ近づけない。尖がった先のほうしか見えなかったのが、おそらく半分くらいまで見えるようになってきたけどまだまだ近づかないと全体は見えない。後二時間もすれば開演時間になってしまう。俺は仕方なく諦めて、来た道を引き返した。

 途中でみつけた噴水のある広場に少しだけ休憩をとることにした。噴水のふちに腰掛けて、疲れた脚を投げだした。
『ふえぇ、疲れた』
 独り言にはつい日本語が出てしまう。
 水の音を聞きながら目を瞑った。脚をぶらぶらさせていると、近づいてくる人の気配を感じた。小学校低学年くらいの子供たちが四、五人窺うように俺を見ている。胸に掛けた看板と俺の顔を見比べている。
「なに?」
「お兄ちゃん、その劇団の人?」
「お芝居するの? 何かできる?」
「エヌオット人じゃないな! どこからきたんだよ!」
 子供たちは口々に思い思いの言葉をつらねた。一度に押し寄せた質問に答えるのを躊躇した。俺に何かを期待しているようだが、子供はこの公演を見に来ない。別に駄目ってわけではないんだろうが、客のなかに子供を連れた人はほとんど見たことがなかった。だから、こいつらは対象外なんだけど…。
 子供たちのキラキラした瞳が俺を見つめている。薄い緑や茶色の目に小麦色の肌が健康的で可愛らしい。

 俺に何かできることあったっけ?

 隣に置いてあったベルの横に首に下げていた看板を置き、広場の誰もいない空間に駆けていった。振り返ると、子供たちは追いかけることなくこっちを見ている。俺は目測で距離を測ると、子供たちに向けてにっと笑いかけた。
 軽くステップを踏むように勢いをつけて、入りはロンダートから。上に巻いてある布が邪魔だったので裾が広がらないように片手で握った。バック転を二回連続でやって、丁度子供たちの目の前まできたのでバック宙。ポーズを決めてぴたっと止まった。

 ポーズまで決めた自分に照れくさくなったが、子供たちの顔を見るとぽかんと口をあけていたのが急に大声をあげて体を跳ねさせた。
 喜んでもらえたみたいだな。
 興奮しているせいで、カツゼツが悪く何をいっているのかわからなかったけど気に入ってくれたのは確かだ。これで家の人に「広場に芝居を見に行こう」と言ってくれれば万々歳だ。
 服の裾をつかまれて、もっとやれというようにひっぱられたが開演時刻が迫っているので俺は子供たちに手を振って別れた。

「なあ、お前」

 大通りに出ようとした俺の背中に声がかかった。振り返ると太陽の光を背に大きな人影が立っていた。
 エヌオット人はみんな大きい。今まで見た中でも小さいといえるのは百七十センチ後半で、ほとんどの成人男性は百八十センチ以上あるようだ。成人女性でも百七十はある。
 百六十とちょっとしかない俺がお子さまに見られるのは仕方ないといえば仕方ないのだ。
 目の前の男は百九十センチ以上ありそうだ。剥きだしの腕はしなやかな筋肉をまとっていて威圧感があり、立ち塞がった姿から仁王像を思い浮かべた。

「なに?」
 俺は怖気づいているのを覚られないよう、ゆっくりと発音した。
「さっきの凄いな。お前他にもあんな技できるのか? その劇団に所属しているのか? 今日の公演にはお前も出るのか?」
 流れるように繰り出された言葉の波に、俺の頭はすっかり溺れてしまった。さっきの子供たちといい、今日はやたらと質問攻めにされるな。
「ええっと…、あと少し他の技もできるよ。俺は芝居はやってなくて雑用係みたいなもん。だから舞台にもあがらないけど……?」
「ああ、すまない。…じゃあ、お前の名前は?」
「ハク」
「ハクか。俺は、バンディだ」
 名前を口にすると、バンディは一つ頷いた。
「明日、王宮の建国祭で演じられる芸人たちの審査選考会が行われる。ハク、お前出てみないか?」
「選考会? 建国祭ってなに?」
「お前、知らないのか。どこの出身だ? 言葉は流暢だが、お前珍しい色の髪と目をしているな。肌も白いし、こんなやつ見たことない」
 この国の人間はみんな褐色の肌に金や茶色の髪で、緑や茶色の目をしている。黒髪黒目の俺は一発で外国人だってわかる。
「まあいい。その劇団の人間なんだろ? 明朝八時にポンマルト広場に迎えに行く。身なりを整えて待ってろ」
 胸にある看板を指で突かれた。

「わかったか? 明日の朝八時に行くからな」
 目線を合わせるようにバンディが屈んだので、顔がよく見えた。褐色の肌に薄い黄色のような金色のような透明感のある宝石みたいな瞳が印象的だ。瞳の色とよく似た髪は緩やかにウェーブしている。

 い、イケメンだぁ〜。

 バンディの話した選考会と建国祭は全く意味がわからなかったが、「明日の朝八時」に彼がやってくるのは理解できた。一体何の用事があって俺を広場に迎えにくるのかわからなかったが、俺と遊ぶためとかではないだろう。
 バンディの見た目はどこからどうみても大人だ。二十代後半くらいだろうか。
 朝は馬の世話や洗濯物や掃除などの仕事がいっぱいだが、バンディの用事と俺の仕事のどっちが重要なのか。食べなきゃいけない俺にとって考えるまでもなく仕事のほうが重要だ。

 時間がなかった俺は、明日座長や劇団の人たちに助けてもらって追い返せばいいだろうと思って適当に頷いた。



 エヌオットには季節がないのか、三ヶ月たっても当初と同じく日中は真夏のようだ。日も長くて芝居の終わった七時を回っても辺りは明るい。舞台を片付けている劇団員とともに、俺は客席の掃除をしていた。
「ハク、ここが終わったら飯にしよう」
 ウルヌスが声をかけてきた。
「わかった」
 ウルヌスは背も大きいが恰幅もよく、三十代くらいで貫禄がある。身寄りのない俺を気にかけてくれるので、つい父親のように頼ってしまいたくなる。

 突然やってきた、言葉もわからない見た目も自分たちとは全然違う俺を暖かく迎えてくれた。その恩に報いようと一生懸命仕事を毎日こなしているつもりだが、最初から体格が違う。
 テントを張るのだってろくにできなかったし、水汲みだって俺が一往復する間に他の人は二往復できる。それでも力仕事ではなく、俺に合った仕事を精一杯やって少しでもウルヌスや他の芸人たちのためになろうと頑張っているつもりだ。その甲斐があったのか、初めは遠巻きに見ていた芸人たちも次第に声をかけてくるようになり、今ではみんなが俺を気にかけてくれている。

 その中で唯一未だに俺を敵視しているやつがテスだ。

 今も目の前で仁王立ちして、食事に行こうとしている俺を足止めしていた。
「お前どこから来たんだ? 北の国には肌の白いやつがいるが、お前みたいに黒い目と髪じゃない。俺もいろいろ回ってきたけど、お前みたな目の色見たことないぞ」
 こいつの因縁はいつもこれだ。
 俺が一体何者なのか気になるのだ。理解できないわけじゃない。珍しい見た目のやつが自分たちの仲間になって本当に大丈夫なのか。信用できるやつなのか不安なんだろう。
 でも俺には何とも返しようがない。
 この世界に日本はなさそうだし、だからといって「どうも違う世界からきちゃったみたい」と正直に話しても余計に怪しまれる。ヘスのいう通りこの世界に俺と同じような見た目をした国がなければ、他国の出身だと嘘をつくわけにもいかない。

「俺、知ってるんだぞ。お前はどこか遠くの国からつかわされた間者だろう。こうやって俺たちに馴染んで、王宮に近づこうとしているんじゃないのか? 次期王が即位されるのももうすぐだ。その混乱に乗じて何かしようと企んでいるんじゃないか?」
 頭の中どうなってるんだ? アホとしか言いようがない。
 日本でならテレビやゲームのしすぎだと言えるが、エヌオットなら本の読みすぎか? それも冒険小説。スペクタクルなやつを妄想しているとみた。ノンフィクションは目が覚めたら異世界だっただけだ。そっちのほうが凄いかな。でも事実は小説よりも奇なりっていうしな。
「なんかいえよ!」
「何度もいったけど、気がついたらここにいたんだ。誰かが何かの目的で俺をこの国に連れてきたのかもしれないけど俺には関係ない。いきなり知らない国に連れてこられて困ってるんだ」
「うるさい! 同じ台詞ばっかり繰り返しやがって……」
 ヘスは不意に俺の手首をつかむと引っ張って歩きだした。体が大きいだけあって握力も強い。俺は手首に痕が残るんじゃないかと思いながら、仕方なくヘスの後をついていった。


『うわっ!』
 背中を押されて、こんもりと盛られた藁のなかに倒れた。

 連れて行かれたのは、俺が毎日仕事をしている厩(うまや)だった。
「何するんだ!」
「黙れ!!」
 藁に埋もれたまま振り返ると、ヘスが覆いかぶさってきた。殴られると思い咄嗟に頭を両手で抱えたが、なかなか一打目がやってこない。不思議に思って顔をあげると、服の裾から手が入り込んできた。それは間違いなくヘスの手で、腹の辺りで何やら動いている。
「……な、に?」
 俺の疑問に何も答えず、ヘスは服から手を引くのと一緒にズボンをつかんでいた。いつの間にか腰の結び目をとかれていて、でっかいズボンは簡単に脱げてしまった。
『ってっめぇ、なにすんだ!』
 両足首をつかまれ引き摺られると、唯一身につけている上に巻きつけた布がたくしあがり下半身がさらされた。仰向けにさせられ、ヘスの手があらわになった俺の腹に触れてきたので叩き落した。

「なんのつもりだ!」
「ムカつくんだよ、お前。子供のくせに媚売りやがって…。二度とできないようにしてやる!」
 唸るように言い捨てると、両腕を一まとめに拘束され空いた片手が脇腹を撫で上げた。
 くすぐったさに体が魚のようにビクンと跳ねた。
「ほんとに白いな。それにすべすべしてる」
 そう言いながら、腹の周辺をまさぐっている。
 俺は放心して、俺の体に魅入っているヘスの茶色い頭を見ていた。

 なんだ?
 何が起きてんだ?
 俺の腹撫でてこいつは楽しいのか?
 いや、その前に下半身もろだししてんだぞ?
 い、嫌がらせか! そうか、ねちねち悪口言っても俺が対応しないからこんな強硬手段に打って出たのか。

「ヘス!! 何もここまでしなくてもいいだろう。お前が俺のこと気に食わないのはわかってる。だから俺だってできるだけお前に係わらないように過ごしてきたつもりだ。それなのに…こんな嫌がらせまでしやがって!」
 腹に顔を寄せていたヘスは弾かれたように顔をあげて俺を見た。一瞬見えたのは驚いたような目を大きく開けたヘスの顔だったが、すぐにいつもの意地悪な笑みを浮かべた。
「わかってるじゃないか。そうだ、嫌がらせだ。お前はこれから嫌がらせで俺に抱かれるんだ。子供のくせにイヤらしい顔しやがって、どうせウルヌスともヤッてんだろう」
「はあ?! 抱くって…ヤッてるって。……なんだよそれ! 俺はイヤらしい顔なんかしてない! 普通の顔だ! 勝手に解釈してんじゃねぇよ。それはお前の願望じゃねぇのかよ!!」

「黙れ!!!」
 足元に放り投げていたズボンを手に取ると、俺の口にねじ込んできた。赤く血走ったヘスの目を見ると抵抗しないほうが安全だと思い、しぶしぶ口を開けて布を含んだ。

 ヘスの手が再び肌の上を滑りだした。布を捲られ隠れていた胸もさらされた。ヘスの上がった呼吸と唾を飲み込む音だけが厩を満たす。
「…すげぇ。乳首はピンクだ。本当にイヤらしい体だな」

 肌が白いんだから仕方ないんだよ!

 叫びたかったが口内に詰められた布のせいで呻き声しか出ない。文句一つ言えない悔しさに、脚をバタバタ動かしたが股の間に屈みこんでいるヘスには蹴りも入れられない。

「……んっぐぅ」
 生暖かい感触に胸を見ると、ヘスの舌が乳首に絡み付いていた。口に含まれて甘噛みされると体が反応してしまう。
「んんん〜!」
「ここがいいのか? もっと舐めて欲しいんだろう。心配するな、ちゃんと弄ってやるから。ここも……こっちも」
 舌先で尖った部分を押したり弾いたりしながら、手がペニスを握りこんできた。
 驚いて腰を引こうとしたが、強く握られて抗えない。せめて睨んでやろうと、いつの間にか涙で滲んだ視界のなかヘスを見ると眼を細められた。
「ハクの顔はイヤらしいな。無理やりやられてるくせに煽ってんのか?」

 こっんのくそボケ! んなわけねぇだろが!!
 俺の気持ちは完全無視で、ヘスの手が俺自身を刺激し始めた。扱かれて皮を剥かれると、敏感な部分を指の腹で擦られる。痛みと快感から腿が痙攣するように震えた。
 先端を擦られながら竿を扱かれると先走りが溢れてきたのがわかった。ぬるぬるした刺激がなお更俺を昂らせる。
「気持ちいいんだ? 透明な汁をこんなに出して…。俺のこと嫌いなんだろ? だったら感じるなよ。もっと抵抗してみせろ」
「ぐぅ、うんぅ……っ」
 ふざけたことを言いやがってえぇ! なら、腕を放せ!

 乳首に再び舌が這わされた。驚いた体が胸を反らせて、まるでもっと舐めて欲しいと強請っているかのように、ヘスに胸を押し付けてしまった。
「俺は優しいだろ? ちゃんとお前にも感じさせてやってるんだ。イク前に俺のことも気持ちよくしてくれよ?」

 ペニスから手が離れほっとしていると、ぬるっとした指が睾丸の奥の窄まりにあてがわれた。その皺を確認するようにゆるゆると周りを撫でる。
 途端に汗が噴出してきた。

 まさか…、まさか…。ケツに入れようっていうのか?! マジかよ、アナルセックスされるのか? こいつ、ホモだったのか? え? いや、……ええええぇえぇぇ!!

 俺が愕然としている間に、ヘスの指がするっと体の中に進入してきた。俺が出した先走りでも塗りつけてあったのか、それは案外抵抗なく入ってしまった。
 初めての感覚。排泄器官に受け入れた異物感。
 気持ちの悪さに一瞬固まってしまったが、俺は力の限り手足を動かした。

 ヘスは驚いて、覆いかぶさっていた体勢から身を引いた。二人の間に距離ができたので、勢いよく両足を引きつけ跪いていたヘスの顎めがけて両足を蹴り出した。ヘスの体が見事に後ろへ吹っ飛ぶ。

 出入り口に頭を向けて倒れたヘスは目を瞑ったまま起き上がろうとしなかった。顎先を狙ったので、たぶん脳震盪を起こしている。
 自分の唾液で濡れてしまっていたが、他に履くものがないので仕方なく口に詰められていたズボンを履いた。
 
 厩から走り出すと、後ろを気にしていた俺は誰かに思い切りよくぶつかって弾き飛ばされた。
「いってぇ〜」
「ハク、大丈夫か? そんなに急いでどうしたんだ」
 この声はウルヌスだ。
 尻餅をついたケツをさすりながら見上げると、ウルヌスは眉間に力を入れて息を呑んだ。
「どうしたハク。何があったんだ?」
 先ほどのヘスの行為を思い出し、鳥肌が立った。胸を這う舌の感触がまだ残っているようだ。
「な、何でもない。ちょっと気分が悪いだけ…」
 俺は両肩を抱いて、ウルヌスの視線から逃れるように駆け出した。
「おいハク!」
 呼びかける声音から、俺を心配してくれているのがよくわかった。でも、立ち止まれなかった。

 ヘスから、……男からあんなことされたなんて。どうやって説明すればいいんだ。どんな顔すりゃいいんだよ!!
 いくら嫌がらせだって言っても、あれは紛れもなくセックスだ。同性にそういう対象として少なからず見られたことが、俺はとてもショックだった。そしてウルヌスに、みんなに知られるのが恥ずかしくて悔しかった。知られてしまえば今までの関係が壊れてしまいそうだったから。

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