最悪の彼氏 後編


 どうなりたいって、どういうこと? 恋人の委員長と、俺はどうなりたい?
 委員長は宿題だって言ってたけど、もしかして返答によっては恋人解消もありうるってことかも…。

 そもそも俺は、委員長がすっごく好きで見ているだけでも幸せだった。でも、三年になって卒業して大学に進学すれば委員長を見ることもできなくなるんだなあと思うと、玉砕してもいいから気持ちを伝えたいと思った。当然断られると思っていたのに、条件付ではあるけど晴れて恋人にしてもらえた。それだけで嬉しくて、昼休みにお弁当を食べることしかできないけど不満はなかった。今日はちょっと欲張って駅まで一緒に帰ってもらったけど、それだって塾がないってわかったからで…。
 俺は委員長を煩わせちゃいけない。恋人を作るのが面倒くさいという委員長に、面倒だと思われたら終わりだ。本心を言えば、もっと一緒にいたいし放課後だって手をつないだりして帰りたい。休日には二人で買い物に行って他愛もない話で笑いあいたい。でも、そんなこといったら絶対ウザイって思われる。自分の時間を大事にしている委員長が、俺を恋人にしてくれてお昼休みを一緒に過ごしてくれるのにこれ以上望んだら別れるって言われるに決まってる。
 じゃあ、俺はどうしたいんだろう。本当は普通の恋人同士みたいにイチャつきたいけど、絶対無理だ。委員長が望むようにウザがられず大人しくして、ずっと…は無理でもせめて高校卒業まで恋人のままでいてもらえたらいいな。今まで委員長はいろんな子と付き合ってたけど、卒業までは俺を見ていて欲しい。ずっとじゃなくていいから、時々チラッとああいるなって確認して欲しい。


 そんなことをずうっと考えていたら、また一週間が始まった。委員長に出された宿題を早く提出したかったけど、人目のある教室でははばかられるので声を掛けるチャンスを窺っていたら昼休みになった。俺は飛んでいって、また委員長を外に誘った。

 お弁当を食べ終えた俺は、弁当箱を包んで今にも立ち上がりそうな委員長に話しかけた。
「俺、ずっと考えてたんだけど…。委員長は俺に、どうしたいのか、どうなりたいのかって聞いたよね」
「ああ、宿題だったね。答えは出たの?」
「あの…どうなりたいかっていうのは恋人にしてもらったから満足なんだけど、…委員長が望むとおりになりたい。あと、時々俺のこと委員長に気にかけてもらいたい。…あの、面倒くさくない程度でいいから」
 珍しく正面から委員長の顔を見ていた俺だけど、次第に自信がなくなってきて顔が下を向きはじめた。
 望むとおりにとか言って、気にかけて欲しいとか…俺って女々しくないか? ウザがられたらどうしよう。
 
「一緒にいられれば満足っていうこと?」
「あ、うん…そうだけど。ずっとは一緒にいられなくていいよ。委員長が許せる範囲で」
 つい、下手に下手に出てしまう。これって相当鬱陶しくないか? それならすっぱり、迷惑なら諦めますって叫んだほうが…。

「僕が望むとおりにしたいの?」
「うん、……迷惑だって思われたくないから」
 俺は完全に俯いて、手にした弁当箱を用もなく弄んでいた。どんな顔をして聞いているのかすっごく気になるけど、もし嫌そうな顔をしてたら泣くかもしれない。
「そうか…現状維持で満足なんだね。でも…、それって本当に好きなの?」
「へ?」
 思わず委員長を見ると、怒っても笑ってもなくいつも通りの無表情だった。
「だって本当に好きなら、もっと一緒にいたいとか、もっと相手のことを知りたいとか、キスしたい触れたいセックスしたいって思うんじゃないかな。今まで付き合ってた子はみんなそうだったよ?」
「いやいやいや、滅相もない。……確かに、一緒にいたいし委員長のこともっとよく知りたいけど。…そんな、ふうには思ったことない」
 突然出てきた、委員長らしからぬ単語に俺は慌てた。本当はキスぐらいなら考えないでもなかった。でも、そのあとに出てきたセ…セックスとか、微塵も考えたことがない。キスはしたい、なんて言ったらその先どんな会話をすればいいのかわからないので全力で否定した。
「それ、恋って言える?」
 なに? この気持ちは恋じゃないの?
「八木くんの言葉は綺麗事すぎて、信じきれないところがあるよね」
 きれいごと? キスやセックスしたいって思わないと本物の恋って言わないの?
「今日の放課後一緒に帰ろう」
 俺の頭はついていかなかったけど、ちゃんと反応した。


 今日は真っ直ぐ駅に向かわず、途中で駅前のドラッグストアに立ち寄った。店先に置かれた商品をぼうっと眺めていた俺は、すぐに出てきた委員長に驚いた。手にはしっかり商品を入れたビニル袋があるので目的は果たしたようだ。改札を抜けて、初めて委員長から一緒に帰ろうって誘ってもらえたのにもう終わりか、と名残惜しく思っていると。
「今日は家に来て。なにか用事はある?」
 前回同様ここでバイバイだと思っていた俺は、嬉しすぎて返事もできなかった。
 
 委員長の家に着いて俺が連れていかれたのは二階にある委員長の部屋…ではなく、トイレだった。
 ドアを開けた委員長に促されて入ると、ベッドと机と本棚が置かれただけのシンプルな部屋を想像していたのに、そこにあったのは白い便器。確かにシンプルだけども…。
 呆気に取られて入り口で立ちつくしていた俺の背中をトイレに押し込んで、持っていたビニル袋から小さな箱を取り出した。
「説明は箱の横に書いてあるから、準備しといて」
 さらっと言って俺の手に握らせた小さな箱。
 閉まったドアを見つめて、大きく息を吐いた。
 なんとなく察しはついてる。そういうことに免疫のない俺でも少しくらいの知識ならある。握りしめた箱の中をそっと覗くと、薄いピンク色のあの果物に似た容器が見えた。


 ドアをノックされて「まだ?」とあおられて、俺はようやく一仕事終えてトイレから出た。目の前には私服に着替えた委員長が立っていたので、俺は慌ててトイレのドアを閉めた。
「ちゃんとできた?」
 屈んで聞いてくる委員長から顔を背けて、たぶんと呟いた。

 通された部屋はやっぱりシンプルだった。きょろきょろと見回していた俺に「脱いで」と簡単に言った。何か言おうと息を吸い込むと、委員長が先に口を開いた。
「僕の望みどおりにするんだったよね?」
 俺は自分のつま先を見つめて頷いた。
「わかってると思うけど、僕はセックスしたいんだ。それにこれは、君を試すことにもなる。八木くんの気持ちが信じられないって言ったのは覚えてるよね? セックスすれば証明になるでしょう?」
 覚えてる。俺の「好き」は本物じゃないって言われた、綺麗事だって。キスくらいならしたいけど、セックスはしたいと思ったことない。それは委員長も知ってる。それなのに委員長はしたいって。あ、違う。試すんだった。俺がしたくないことでも委員長がしたいって言ったら叶える。そしたら信じてくれるってことか。
 ここで断ったら絶対終わりだ。俺の「委員長を思う気持ち」を証明しなければ、恋人を解消されるかもしれない。もうお昼も食べてくれないだろう。まともに話もしてくれないかもしれない。
「………したら、信じてくれる?」
「ん〜、八木くんの頑張り次第だね」
 眼鏡越しに委員長の目が柔らかく笑った。

 パンツまでは順調に脱いだけど、さすがに最後の一枚は踏ん切りがつかなかった。パンツのウエストに手を掛けて止まっていると、椅子に腰掛けていた委員長が近づいてきた。
「どうしたの? 止める?」
 必死で頭を横に振った。
 止めたら委員長とバイバイだ。そう思って手に力を込めるけど、やっぱり手を下に動かすことができない。まだ躊躇していると委員長の手がすっとのびた。
「手伝って欲しい?」
 耳元で囁いて、指先でパンツのゴムのところをすっと撫でた。俺はその動作にいちいち体をビクつかせた。俺がパンツに引っ掛けている親指の隣に、委員長の人差し指が並んだ。
「恥ずかしいなら止めてもいいんだよ」
 そう囁いて、ゴムをぐいっと引っ張った。覗こうとする委員長の手を押さえたけど、どうにもならなかった。
「男同士なんだから、つくりは同じだよ。…ああ、でもちょっとカワイイね」
 見られてしまった。しかもカワイイとか、男としては相当傷つく感想まで言われてしまった。もう見られちゃったし、これ以上渋って委員長に面倒だと思われるのも嫌だったので、意を決してパンツを脱いだ。

「じゃあベッドに座って」
 言われるままに、ベッドに腰をおろしたが落ち着かない。腿の上で手を交差してさり気なく隠しているが、窓から降り注ぐ日差しで部屋が明るすぎる。
「カーテン…閉めて」
「閉めたら暗くて見えないよ」
 隣に座った委員長が後ろを指差した。
「壁にもたれて足開いて」
 腕を引かれて言う通り壁にもたれて座ったけど、あくまでも体育座り。足を開くなんて、できるわけない。こんな明るい部屋で委員長が目の前にいるのに。
「早くしてくれないと、僕今日は塾があるんだよ。あと一時間もすれば家を出ないといけないんだ。嫌なら止めてもいいんだけど…」
「待って!」
 別れようとか委員長の口から聞くのは絶対嫌だ。

「もっと開いて」
 俺は両膝に腕をまわして脇に抱え込むような格好をしていた。それを大好きな人に見られてるなんて、恥ずかしすぎて今の状況が受け入れられない。
「八木くんは、処女?」
「…うん」
 委員長は俺の股間に顔を近づけてじっくり観察していた。その言葉が男にも通用するとは思わなかったけど、一度もしたことがないのは確かだ。
「もちろん、女の子との経験もないよね」
 なんでわかるんだろう。事実だけど。
「色が薄いし、反応がね…」
 心の声を聞いていたように委員長は解説した。いきなり性器をつかまれて、委員長の胸を押そうとしたが反対の手で撥ね退けられた。
「手は離さないでって言ったよね」
 首を傾げて聞いてくるけど、目が全然笑ってない。渋々手を元の位置に戻すと、委員長はつかんだ手を動かし始めた。上下に動かされて、目を開けていられなかった。唇を噛み締めてぎゅっと目を閉じた。
「そんなに緊張しなくていいよ。気持ちよくしてあげるからリラックスして」

 気持ちいい。委員長の言う通り気持ちいいよ。でも、それは前だけで後ろの指はいらない。どっちかっていうと、指がないほうが気持ちいい。指が入ってるせいで気持ち悪いくらいだ。
「ぬるぬるして気持ち悪いよっ…」
 ドラッグストアの袋から取り出した怪しげな液体が俺の股間をべとべとにしていた。さっきから出入りしている委員長の指にもぬるぬるした液体がまとわりついている。
「よく解さないと入らないよ。血を見るのは嫌でしょ?」
 ち? 無理…、そんなとこから血なんてありえない。我慢するしかないんだ。
「血は…イヤ」
 委員長は俺をうつ伏せにすると、お尻を高く上げさせた。いろいろ施されてるところを直接見るよりはいいけど、やっぱり恥ずかしい格好にはかわりない。

「わかる? 三本入ってるよ。そろそろいけるかな」
 いけるかなって、何をですか。
 枕に顔を埋めていった俺はチラッと後ろを窺って、見るんじゃなかったと後悔した。委員長がズボンから取り出したものに、ぬるぬるの液体を擦り付けていた。
 あんなの入んない。無理、血を見る。絶対血が出る。薬買って帰んないと…。この歳で肛門科通うのかなぁ。
 拒むという選択肢は失ったので、せめて痛みから気を紛らわせるために他の事を考えることにした。こういう時は楽しいことを考えるに限る。楽しいこと、楽しいこと…。
 もし委員長が一日何でも俺の言うこと聞いてくれるって言ったら、どうしよっかな。やっぱ外でデートかな。遊園地とか動物園とかもいいけど、大人な委員長には水族館とかがいいかな。イルカショーとか見て、館内の薄暗いところでは手繋いでもらって。お昼ご飯に手作りのお弁当…は無理でも、屋外で買ったものを食べるのもいいな。

 俺の中を圧迫していたものが抜けていった。すぐに指より熱いものが入り口に押し付けられる。

 そうだ。図書館に行くって話してたから、俺は行ったことがない大学の図書館に連れて行ってもらおうかな。きっと委員長は夢中になって本を読むんだろうけど、俺は本を読むふりして委員長を盗み見るんだ。本を読んでる委員長は、見えないバリアーでもはってるみたいに近寄りがたいけどすごく格好いいんだ。
「いっ…う……」
「息吐いて、ゆっくり呼吸するんだよ」

 ちょっと斜めに構えて、肘をついた手に顎を軽くのせるのがいつものスタイル。厚くて重たい本が多いせいで俯いていて、長いまつ毛がよく見える。
「…う、…はあ……はっ…あ」
「そう…うまい、うまい。もう少しで全部入るよ」
 圧迫感がすごい。指が潜りこんでいたところより更に奥をあばかれる。入り口がヒリヒリする。
 図書館じゃ話はできないから、そのあと公園でもよっていろんな話がしたいな。委員長の好きな食べ物とか、趣味とか、家ではどんな感じで過ごしてるのかとか。お互いのことをもっとよく知りたい。
「わかる? 全部入ったよ」
 委員長の手が俺の下っ腹をさすった。でも、言われなくたってわかってる。委員長の肌が俺のお尻にぴったりくっついてるし、お腹の中がこれ以上ないってくらい一杯だ。
 顔を伏せた枕が濡れていて冷たいなと思ったら、自分の涙だった。委員長が入ってるとこも痛いけど、胸の中が痛くて堪らない。俺は枕を抱きかかえて我慢していたけど、後ろの委員長が動き出したのがきっかけで嗚咽が漏れた。
「あ、…う…うぅ。んっはぁ…すっ……うう…」
 動きはゆっくりしたものだったけど、心も体も全然ついていけない。腰から下と上が切り離されたみたいに、違うもののように感じる。腰をつかんでいた熱い手が、俺の前を握ってきた。ぬるぬるの手で刺激されるけど、さっきみたいな高ぶりはやってこない。
 体はこれ以上ない程近くにあるのに、中身は遠く離れてしまったみたいだ。

「ねぇ」
 腰の動きがゆるくなって、最終的には完全に止まってしまった。首を捻って委員長を見ると、あんなに熱い手をしてるとは思えない冷めた顔をしていた。すぐ枕に逃げた俺に、委員長が話しかけた。
「そんなに嫌なら止める? 八木くん気持ちよくないみたいだし、口から出るのは喘ぎ声じゃなくて泣き声だし…」
 深々と刺さっていた委員長が腰を引いた。俺はとっさに腰に置かれた手を捕まえた。
「や…やめないで。お願い…最後まで……して」
「そう言われても……。泣かれると、萎えるんだよね」
「ご、めん。も…泣かないから、大丈夫だから。最後まで、して…」
 握った手に力を込めると、また委員長がいっぱい入ってきた。ゆっくりと出し入れを始める。
 そうだよな、相手が泣いてたら萎えるよな。一応恋人で、無理やりしてるんじゃないんだし。俺の考えだっておかしいよ。好きな人にこんなことしてもらってるのに、違うこと考えてるなんてさ。皮膚から伝わってくる委員長の熱をしっかり味わわないと。
 入ってるとこは痛くないけど違和感があって気持ちいいには程遠い。でも俺の中にいる委員長は、ちゃんと俺で感じてくれてる。

 くちゅっくちゅという音と、委員長の荒い息づかいが部屋の底を流れている。だんだん早くなるストロークが、体の中をむちゃくちゃにかき回す。内臓とか脳味噌とか、衝撃でぐちゃぐちゃになりそうだ。悲鳴があがりそうになるのを、手の甲に噛み付いて必死に抑えた。腰をつかむ手に痛いくらい力が込められる。握ったままだった委員長の手首を、俺もしっかり握りしめる。奥の壁を数回強く突かれた。
 ぴったりと合わさった肌で委員長を実感した。熱くて汗で湿ってて…、今このとき委員長は間違いなく俺だけのものだ。

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