あざとシロと出題者3


「本当に覚えてないんだね。最初は知らないふりだと思ってたよ。でも態度がかわらないから、もしかしたら覚えてないのかなと思ったんだ」
 肘をついた織田が、ビールの残りを確かめるようにゆっくり缶を回す。
「あの後ね、俺も一緒にタクシー乗ったんだ。階段から落ちるぐらいだから危ないと思ってね。ここに着いて、俺が帰ろうとしたら紺野くん動かないんだよ。心配になって、服着替えてベッドに入るまでついててやろうと思った。紺野くんがちゃんとベッドに入ったとき、俺のいたずら心が働いたっていうのかな、顎まで引き上げたふとんから唇が出てたんだよね。そのちょっとぽてっとした下唇がさ、なんか美味しそうだなと思ったんだ」
 俺は片手で唇を覆った。
「だから吸ってみた」
「はあ?」
 手のひらに顎をのせて、斜め上を見ていた。
「そしたら思った通りの感触でさ。嬉しくなってもっともっと吸ったんだ。そこで俺は、はたと気がついた。紺野くんはどう思ってるんだろうって。顔をあげると、視線が少しぶれてて俺の唾液で濡れた唇を舐めたんだ」
 織田の赤い舌がちろっと下唇を舐めた。
「もう俺はいくしかない、と思ってね」
「そ、それで…」
「それでって、当然最後までしたよ」
「さ、さ、最後って」
「そりゃあ、セックスだよ」
「せ、せ、せ」
「セックス。まあ、アナルセックスだけどね」
 俺が、自分が、男とセックス? しかも織田さんと?
 組んだ長い指ごしに僕を見ていた。
「織田さんて、男いけるんですか」
「違うよ、紺野くんが初めて。でも、女の子とそっちでも遊んだことあったから」
「へ、へえ」
「で、あとになって悪いことしたかなと思ったんだ。同じ会社の人間だし、男だし。その場の勢いでやっちゃったわけだからね」
「はあ」
「だから、今日は確かめようと思ってここまで来たんだ」
「…何を、ですか?」
「勢いだったのか、どうか」
「え」
 缶ビールがテーブルの端に並んでいた。織田はテーブルから腕を下ろした。後ろ手をついて腰を移動させている。
「今日はほとんど酒も飲んでないし、紺野くんはしらふだし。この状態でも紺野くんを抱けるか試したい」
「そ、それは、あの勘弁して…」
「心配しなくていいよ。紺野くんは前と同じで何もしなくていい。覚えてなくても二回目だから、前より気持ちいいんじゃないかな」
 膝立ちになった織田が這うように近づく。
「あ、気持ちいいとかいう問題ではなくて」
 俺は近づいてきた織田との間にある透明の壁に手をそえた。腰を浮かせて視線をさまよわせた。テレビに映し出された体格のいい野球選手は、俺を助けてくれそうもない。
「最初は痛いっていってたけど、最後には気持ちいいっていってたよ。三回もいったし」
「うそぉ」
「信じられないだろ? だからもう一回してみよう。今度は忘れないよ」
 織田の手が壁を突き破って、俺の手首をつかんだ。
 指はたやすく体のなかにおさまった。どこから取り出したのかわからないローションのおかげ、というわけでもなさそうだ。
「どんな感じ?」
 乳首をしつこく愛撫していた織田が首にキスをした。
「ど、どんなって…。気持ち悪い、です」
「よし、じゃあこっちも気持ちよくしてあげよう」
 なかの指が急に動き出した。腸壁の検査でもしているように、俺のなかをなでる。
「はっ…」
 思わず腰をよじった。俺を見下ろす顔が笑顔になった。同じ場所を刺激され、持ち上げられていた足が震えた。体を引き上げようとすると腰をつかまれた。
「それ、やめてください。…うっあ」
 指に強く押されて声がでた。自分の声と違った、鼻にかかった気だるい声。両手で口をふさいで鼻で呼吸する。
「ん、もうちょっと」
 入り口を広げられて圧迫感が増した。二本目の指を入れられたようだ。ほぐすように回転しながら奥まで入れられ、くっついていた指が離れた。なかを押し広げられた痛みに足をつっぱると、立ち上がっていた性器をつかまえられた。親指の腹で鈴口をこすられる。先走りで濡れた性器を優しくしごかれた。
 ローションがたっぷり使われていてどろどろに濡れていたが、俺は恐ろしくて力を入れてしまった。織田は腰を進めるたび抵抗する俺に、唾液が溢れるほどキスしたり性器をしごいたりして緊張をほぐしてくれた。
 男性器の圧迫感は指のそれとは比べ物にならなかった。肛門はさらに広げられたし、指が進入したさらに奥まで入ってきた。でも、その圧迫感は出し入れを繰り返されるうち、充実感にかわっていった。もっと奥まで入れて欲しくて、腰に足を絡ませて密着するとほっと溜息がもれた。激しくなる腰の動きに、手で体を支えながら合わせた。
 そして今、俺はどん底に寝そべっていた。
 四回はいっただろうか。尻は痛くないが、体が重い。ベッドから足をおろすと足元のゴミ箱に目がいった。顔を近づけると精液の匂いがする。使用済みのコンドームが、いち、に、さん、よん、ご、…あほだ。正確な数を把握してなんの意味があるんだろう。
 テーブルに置いてあったペットボトルを取り上げて、ぬるい水を一口飲んだ。冷蔵庫の扉を開けると、黄色い光が俺を照らした。ペットボトルをドア側に入れる。
 俺はちゃんと服を着ていた。織田にむかれる前と同じ格好。パンツのなかをのぞいてみたが、汚れた様子はない。後ろにも手をまわしてみたが、こちらもローションや精液の跡はなかった。
 ベッドに戻る途中で、白いものが置いてあることに気がついた。ベッドに近いテーブルの上。小さく畳まれたそれは、触れた指を少し濡らした。
 壁際で眠る織田は、仰向けの姿勢からまったく動いていないようだ。いつのまに探しだしたのか、俺のTシャツを着ている。ふとんをめくって、静かに横になった。
 織田に聞くことが二つになった。忘れないように頭にメモして、目を閉じた。

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