4 松尾くんと背比べ
自転車置き場には、腕組みをした松尾が立っていた。薄く開けられた瞳は座禅を組む修行僧のようだ。カバンをかごに入れて自転車を出す間、何もいわなかった。決心して振り返ると、後ろの荷台に松尾が座っていた。
「早くいけ、家くるんだろ」
今度じゃなかったっけ、とは言わなかった。僕は二人分の重くなったペダルを、松尾の家までこいでいった。
ドアを開けると温められた部屋の空気がもわっとあふれた。松尾はエアコンのスイッチを入れて、身を投げるようにベッドに座った。目が僕に命令している。
「で、なんだった?」
お尻がベッドにくっつく前に聞いてくる。
「笹田に告白されたの?」
「違うって、先にいっただろ。そんなんじゃないって」
「じゃあなんだったんだよ。話せよ」
笹田は何もいわなかったけど、人の恋愛を軽々しく口にできない。僕がいやあ、とかごにょごにょ言っていると、松尾の視線が突きたてられた。
「お前、俺にいえないってことはやっぱり好きだっていわれたんじゃないのか?」
「だから違うんだって。その、笹田さんのことだから僕の口からはいえないけど、本当にそんなんじゃないから」
「信じ難い。どんな話だったんだよ。詳しくなくていいからさ、大体の話の方向性を教えろよ」
「方向性ねぇ。強いていえば、相談?」
「相談? 嘘だろ、遠藤みたいな頼りがいのない男に何で相談しなくちゃいけないんだよ。笹田だって人を選ぶぞ」
またひどい言われよう。
「相談だと思うけどなぁ」
「女子の人を見る目はわからん。遠藤なんかに相談するなら俺にすればいいのに。どうしてこういうアホ犬みたいなのがモテるんだ」
「アホ犬。…それより、ゲームしよう。そのために呼んでくれたんでしょう」
テレビボードの扉を開けてゲームを選び出す。先週発売されたばかりのアクションゲームだ。
「見ていい?」
中身を取り出そうとすると、後ろから伸びてきた手に奪われた。
「駄目、遠藤は見学」
冗談かと思っていたら、本当に松尾一人でゲームをやり始めた。画面の中で次々に敵を斬り殺していく、松尾の後ろで応援しているとやっとコントローラーを渡してもらえた。二人で何百人もの敵を倒していると、制服のポケットが震えた。新着メールを確認して、カバンを手にする。
「ごめん松尾。僕帰らないと」
「もう? もしかして怒った?」
やりすぎたと思ってくれているみたいだ。笑って携帯をかかげた。
「違うよ、トマト買ってこいってうちからメールがあった」
「お使いか、遠藤はいい息子だなあ」
そんなことないよ、とだけ答えた。松尾の家を出ると、空がぼんやりとくすんでいた。風が少し強くて、アスファルトの熱気をまぎらわせてくれる。
僕の女の子への接し方について、松尾はいつも口をだす。身近な人に僕みたいな男がいなかったから、馴染まなくて注意してくるのだと思っていた。でも今日の話からすると、僕がそうやって女の子から誤解されるのが嫌みたいだ。だから笹田の話もしつこく告白かと、騒いでいたのだろう。僕がモテると勘違いしているみたいだった。はっきり言って、僕もたぶん松尾も全然モテない。それなのに勝手に誤解している松尾。僕は全然興味がないからいいけど、興味がある分かわいそうに思えてくる。言ったら絶対怒るだろうな。
前
戻る
次