どっちが

「先輩、なにしてるんですか」
「なにってお前、ケツに指入れてる」
「動かさないでください。僕は話してるんですよ」
「話ってなんだよ」
「だから、どうして僕のケツに先輩の指を入れなきゃいけないんですか」
「どうしてって、初めてなんだから慣らさないと痛いだろ。俺もお前も」
「ちょっと、勝手に決めてませんか」
 僕は股の間にある先輩の顔を手で押し戻した。足では肩を押し、ベッドの上を体がすべった。ぐちゃぐちゃになったシーツに手をつく。床であぐらをかいた先輩は、厚い胸板と割れた腹筋を、浮きでた首筋と鎖骨も、勃起したままの性器でさえ隠さずに僕を見ていた。僕はふとんをかぶってから話を続けた。
「先輩のなかでは、入れられるのは僕って決定されているようですけど、そんなのいつ決めたんですか。僕は断固入れたい」
 先輩は、いつもの眉間にしわをいれた顔をしていたが、口が薄っすら開いている。唇が唾液に濡れて光っていて、さっきしたキスを思い出した。
「僕だって男なんですから、先輩に入れたい。先輩を気持ちよくさせてあげたいんです」
 僕の恋人である先輩は、数日前にやっと口説き落としたばかりだ。初めて見たのは屋上につながる階段の踊り場だった。通りかかった僕がこっそり階段を見上げると、何人かの上級生たちが集まっていた。口々に何か叫んでいて、恐ろしくなって逃げようと思ったとき、人がひとり階段からふってきた。立っている人が次々に減って、最後に残っていたのが先輩だった。その日から僕は先輩を追いかけ始めた。
「待て。気持ちはわからんでもないが、それは無理だ」
「なんで」
「お前そんなひょろひょろで、俺の脚持ち上げれんのか。腰つかんで支えたりできんのか。それにお前、体力ないから動けないだろ」
「う」
先輩の指摘は全く持ってその通りだった。僕は背も低いし筋肉もあんまりついていない。部活もしていないので体力などあるわけもない。それにひきかえ先輩は、同じ帰宅部であるはずなのに体は引き締まっていて筋肉もすごい。
「でもでも、僕は自分なりに先輩のこと」
 先輩の暖かい胸が額にくっついた。冷めた背中に重たい腕がまわされる。
「わかったから、お前の気持ちは。俺のこと気持ちよくしてくれるんだろ。突っ込むのは無理でも、俺のをケツに入れて気持ちよくしてくれればいいだろ」
 低くて太い声が僕の頭に降ってきた。顔をあげて先輩を見つめる。
「は?」
「意味わからんのか、お前は。だから入れて気持ちよくするって方法もあるけど、俺のを受け入れて気持ちよくするって方法もあるって言ってんだよ」
「え? 僕が先輩にちんぽ入れられて気持ちよくしてあげれるってことですか?」
 ゆっくりと先輩の頭が縦にゆれた。
 そうか、そんな方法もあるのか。僕は先輩のために何かをしてあげたくて、気持ちよくなってもらいたくて、自分が突っ込むことしか考えつかなかった。
 背中に押し当てられていた熱い手が腰に下りてきて、くすぐったさに僕はベッドをおりた。脱ぎ散らかされた制服を先輩のと間違えないように拾い上げる。
「なにしてんだよ」
「服着てる」
「なんで」
「帰るから」
 着終わると、先輩もパンツをはいてベッドに転がっていた。大きな背中を向けている。ベッドの脇に置いていたカバンを取って、帰りますねとつぶやくと、おうと返してくれた。
「次は勉強してきます。さようなら」
 アパートの錆びついた階段でリズムをつけながら下りた。細い路地に出ると、何かがぶつかるような激しい音が聞こえた。続いて大きな足音がしたので、振り返ると上半身裸の先輩が階段を飛び降りる勢いで下りてくる。足元など全く見ずに、二つの目は僕一点に向けられていた。眉間のしわが深い。目が薄くしか開けられていないので黒い部分がほとんどない。
 僕は走り出した。よくわからないけど、怒っている先輩にはかかわりたくない。後ろが気になったが、逃げることに集中した。でも、詰襟がのどにくいこんで前に進めなかった。アスファルトを健康サンダルをはいた足が支えていた。

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